重なる差別の構造を理解する

ヤングケアラー経験がもたらす貧困:年齢、家族、教育…重なる困難の構造

Tags: ヤングケアラー, 貧困, インターセクショナリティ, 複合的困難, 教育機会, 家族

複雑な困難の構造を理解する視点

貧困問題への支援に携わる中で、支援対象者の方が抱える課題が、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると感じる場面は少なくないでしょう。性別、年齢、人種、階級、出身地といった様々な属性や、生育環境、経験などが重なり合うことで、個々の困難がより深刻化したり、新たな困難が生じたりすることがあります。

このような、複数の差別や不利な状況が交差することで生まれる複雑な構造を理解するための有力な視点が「インターセクショナリティ」です。これは、人々の経験する不利益や困難が、一つの要因だけでは説明できない多層的なものであることを示唆する考え方です。

本稿では、あまり表面化しにくい「ヤングケアラー経験」という特定の経験が、その後の人生における貧困とどのように関連し、複数の困難が重なり合う構造を生み出すのかを、インターセクショナリティの視点から解説します。

ヤングケアラー経験とは、そしてその後の人生へ

ヤングケアラーとは、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている18歳未満の子どものことを指します。具体的には、障害や病気のある家族のケア、幼いきょうだいの世話、家計を支えるための労働、家族の精神的なケアなどが含まれます。

ヤングケアラーとしての経験は、子どもの発達段階において様々な影響を及ぼす可能性があります。学業への支障、友人との交流の減少、心身の健康問題などが指摘されており、これらの困難は単に「家族の世話をしていた」という事実だけから生じるものではありません。そこには、子ども自身の「年齢」、ケアを必要とする「家族の状況(病気、障害、依存症など)」、家族の「経済状況」、そしてケアをサポートする「社会的な資源の乏しさ」といった複数の要素が複雑に絡み合っています。

インターセクショナリティの視点から見ると、ヤングケアラー経験は、単に「子どもが家族の世話をしている」という状態ではなく、「子どもである」という年齢の属性と、「ケアを必要とする家族がいる」という家族の状況、そして多くの場合に付随する「経済的な困難」といった複数の要素が交差する地点で発生する困難と言えます。さらに、これがその後の人生、特に成人期の貧困へと繋がる経路を見ていきましょう。

ヤングケアラー経験と貧困の交差する構造

ヤングケアラー経験がその後の貧困に繋がる構造は、以下のような複数の困難の交差として理解できます。

1. 年齢と教育機会の損失

子ども・若者であるという年齢において、家族のケアに多くの時間を費やすことは、学業に集中する機会を奪います。宿題をする時間がない、授業中に居眠りをしてしまう、部活動や友人との交流に参加できない、進学のための準備ができない、といった状況が生じやすくなります。これは、教育機会の損失に直結し、将来の選択肢を狭めることになります。年齢という属性が、家族状況と交差することで教育における不利が生じる構造です。

2. 家族の状況と健康・精神状態への影響

ケア対象である家族の病気、障害、精神疾患、依存症といった状況は、ヤングケアラー自身の心身にも大きな負担をかけます。慢性的な疲労、睡眠不足、ストレス、不安、抑うつなどを抱えやすくなり、自身の健康を損なうリスクが高まります。また、ケアに伴う責任感やプレッシャーから、子どもらしい経験や感情を抑圧してしまうこともあります。家族の状況という要素が、本人の健康・精神状態という側面と交差する地点で深刻な困難が生じます。

3. 経済状況と将来の就労への影響

ヤングケアラーがいる家庭は、ケア対象者の状況に加え、経済的に困難な状況にある場合が少なくありません。子ども自身が家計を助けるためにアルバイトを過剰に行ったり、進学を諦めて早期に働き始めたりすることもあります。しかし、十分な教育を受けられず、健康問題やケア経験による制約を抱えたまま就職活動を行うことは、安定した雇用を得る上で大きな壁となります。経済状況という背景が、教育機会の損失や健康問題と交差することで、労働市場における不利が生じる構造です。

これらの要素、すなわち「年齢」「家族の状況」「教育機会」「健康状態」「経済状況」は、単独で存在するのではなく、互いに影響を及ぼし合います。ヤングケアラー経験という特定の経験は、これらの複数の要素が交差する「インターセクション」において、より複雑で根深い困難、そしてその後の貧困リスクを高める構造を生み出しているのです。

具体的な事例から見る複合的困難

例えば、病気の母親と幼いきょうだいをケアしていた中学・高校時代を過ごした方がいたとします。 この方は、ケアと学業の両立に苦労し、学校行事への参加や友人と過ごす時間も限られていました。疲労やストレスから体調を崩しがちでしたが、家族の世話のために無理をしていました。家庭の経済状況も厳しく、進学は諦め、高校卒業後は不安定な非正規の職に就かざるを得ませんでした。 成人してからも、過去のケア経験による心身の負担や、十分な教育を受けられなかったことによるスキル不足から、正規雇用に繋がらず、低賃金の仕事を転々とすることになりました。さらに、自身の健康問題が悪化し、医療費の負担も重なり、経済的に困窮していく、という状況が考えられます。

この事例では、「ヤングケアラーとしての経験」が、「子どもであること(年齢)」「病気の家族がいること」「経済的困難な家庭であること」といった複数の属性・状況と交差しています。その結果、教育機会の損失、健康問題、労働市場での不利といった複合的な困難が生じ、これらが重なり合うことで貧困状態が継続・悪化する構造が見て取れます。

NPO活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性

このようなヤングケアラー経験と貧困の構造を理解することは、貧困問題に取り組むNPOの活動において非常に重要です。

他者に概念を伝えるためのヒント

インターセクショナリティという言葉自体が難解に聞こえる場合、他者に説明する際には概念名に固執せず、「複数の困難が重なることで状況がより厳しくなる」という本質を、具体的な例を挙げて伝えるのが有効です。

ヤングケアラー経験と貧困の例であれば、「子どもの頃から家族のケアをしていた経験がある人は、教育を受ける機会が減ったり、体調を崩しやすくなったりすることがあります。そうすると、大人になってから仕事を見つけにくくなったり、収入が不安定になったりして、貧困から抜け出すのが難しくなることがあります。これは、単に経済的な問題だけでなく、子どもの時の経験、家族の状況、教育の問題など、色々なことが絡み合っているからなんです」のように、具体的な困難やその繋がりを説明することで、聞き手は複合的な困難のイメージを掴みやすくなります。

まとめ

貧困は、単一の原因で生じるのではなく、性別、年齢、人種、階級といった属性に加え、ヤングケアラー経験のような特定の経験や、家族の状況、教育、健康といった様々な要素が複雑に交差する地点で、より深刻なものとなる場合があります。インターセクショナリティの視点を持つことは、こうした見えにくい複合的な困難の構造を理解し、支援を必要とする人々に対して、より適切で効果的なアプローチを開発するために不可欠です。

この視点を取り入れることで、支援の現場で出会う様々なケースの背景にある複雑な構造を読み解き、表面的な課題だけでなく、その根底にある複数の要因に働きかけるための糸口を見つけ出すことができるでしょう。それは、支援の質を高め、貧困の再生産を防ぐための重要な一歩となります。