働く場での差別・ハラスメントと貧困:属性の重なりが生む複合的困難を理解する
働く場での困難、そして貧困
日々の活動の中で、支援対象者の方々が抱える困難が、一つの原因だけではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると感じる場面は多いのではないでしょうか。特に、「働く場」における差別やハラスメントは、単に不快な経験であるだけでなく、その後の経済状況、ひいては貧困に直結することがあります。
しかし、この問題は、個人の努力不足や運の悪さだけで片付けられるものではありません。そこには、個人の持つ様々な属性が影響し合い、困難をより深刻にする「重なり」の構造が存在します。
この記事では、インターセクショナリティという視点から、働く場での差別・ハラスメントがどのように貧困と結びつき、個人の持つ複数の属性がその困難をどのように増幅させるのかを理解することを目的としています。
インターセクショナリティとは?
「インターセクショナリティ」とは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢、宗教、国籍など、様々な社会的属性が単独で存在するのではなく、互いに交差(intersect)し合い、それによって異なる、あるいはより強化された形の差別や抑圧が生じるという考え方です。
例えば、「女性」であることによる差別と、「特定の民族的背景を持つ」ことによる差別は、それぞれ単独で存在しえます。しかし、「特定の民族的背景を持つ女性」は、単に女性であることの差別とも、その民族的背景を持つことの差別とも異なる、あるいはそれらが組み合わさることでより複雑で深刻な困難に直面する可能性があります。これがインターセクショナリティの基本的な考え方です。
この視点を働く場での差別・ハラスメントと貧困の問題に適用することで、個々人が直面する複合的な困難の構造をより深く理解することができます。
働く場での差別・ハラスメントと貧困への繋がり
働く場での差別やハラスメントは、様々な形をとります。不当な評価、昇進機会の排除、業務からの排除、嫌がらせ、いじめ、暴力などが含まれます。これらは特定の属性(性別、年齢、雇用形態、障害の有無、性的指向など)に基づいている場合が多くあります。
このような差別やハラスメントは、労働者のモチベーションを低下させるだけでなく、以下のような形で経済的な困難、すなわち貧困に繋がり得ます。
- 離職・失業: 差別やハラスメントから逃れるために、あるいはその心労から働くことが困難になり、離職や失業に至るケースが多く見られます。
- 収入の減少: 不当な評価による減給や昇進の遅れ、あるいは精神的な不調による休職などが収入減少を招きます。
- キャリアの中断: 一度離職したり、心身を病んだりすることで、その後の再就職が難しくなり、キャリアが中断し、長期的な収入の見通しが立たなくなります。
- 心身の健康悪化: 継続的なストレスは、精神疾患や身体的な病気を引き起こし、医療費の負担増や、働く能力の低下を招き、経済状況をさらに悪化させます。
これらのプロセスを通じて、働く場での差別やハラスメントは、個人の生活基盤を揺るがし、貧困状態に陥らせたり、既存の貧困をより深刻化させたりする強力な要因となります。
属性の重なりが困難を増幅させる具体例
インターセクショナリティの視点を取り入れると、働く場での差別・ハラスメントが、個人の持つ複数の属性によってどのように複合的な困難を生み出すのかが明らかになります。
例えば、以下のようなケースが考えられます。
- 事例1:高齢の非正規雇用女性
- 属性:「女性」「高齢」「非正規雇用」
- 困難:若い正社員からの「もう年なのに」「パートなのに」といった年齢や雇用形態を理由にしたハラスメントを受ける。女性であることから性的な嫌がらせも併せて受ける可能性もある。非正規雇用であるがゆえに立場が弱く、声を上げにくい。高齢であることから、他の職場を見つけることも難しく、ハラスメントを受けても辞められない、あるいは辞めた場合に再就職が極めて困難になり、経済的に追い詰められる。
- 事例2:障害のある外国籍労働者
- 属性:「障害者」「外国籍」「特定の民族的背景」
- 困難:障害に対する合理的配慮が受けられない、あるいは存在しない差別を受けながら、言語の壁や文化の違いから同僚や上司とのコミュニケーションに苦労し、孤立する。さらに、外国籍であること、特定の民族的背景を持つことに対する偏見やハラスメントも重なる可能性がある。これらの要因が複合的に作用し、業務遂行が困難になったり、不当な評価を受けたりし、最終的に解雇され、他の職場を見つけることも非常に難しくなる。
- 事例3:シングルマザーの性的マイノリティ
- 属性:「女性」「シングルマザー」「性的マイノリティ」
- 困難:シングルマザーであることから、子どもの病気などで早退・欠勤が必要な場合の理解が得られにくい、残業を断りにくいといった構造的な困難に直面する。さらに、職場で自身の性的指向をカミングアウトしているか否かに関わらず、同僚からの不適切な詮索やハラスメントを受ける可能性がある。もし職場で困難が生じても、シングルマザーであることから仕事を失うわけにはいかないという経済的プレッシャーが大きく、我慢してしまう傾向が生まれる。複数の困難が重なることで精神的な負担が増加し、心身のバランスを崩しやすく、働くこと自体が難しくなるリスクも高まります。
これらの事例は、単一の属性による差別だけでなく、複数の属性が交差することで、より複雑で、より深刻な、そしてしばしば見えにくい困難が生じることを示しています。複数の困難が重なることで、個人の対処能力を超え、外部への相談や支援へのアクセスも困難になる場合があります。
NPO活動におけるインターセクショナリティの重要性
貧困問題に取り組むNPO活動において、このインターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。
- 個別の困難の背景理解: 支援対象者がなぜ困窮しているのか、その背景にある複合的な要因(例:非正規雇用という労働形態だけでなく、それが年齢や性別とどのように交差しているか)を深く理解することができます。
- 「見えない困難」の発見: 表面的な問題だけでなく、複数の属性が重なることで生じている「見えない困難」(例:ハラスメントを受けているが、立場が弱いため誰にも言えない)に気づくことができます。
- 包括的な支援設計: 単一の課題(例:失業)に対する支援だけでなく、その背景にある複合的な要因(例:ハラスメント経験、健康問題、家族構成、社会的孤立など)を考慮に入れた、より包括的で一人ひとりに合った支援計画を立てることができます。
- 支援の連携促進: 貧困、労働問題、女性支援、障害者支援、外国籍支援など、異なる分野の専門機関や団体との連携の必要性が見えてきます。複合的な問題には、複合的なアプローチが必要です。
インターセクショナリティの視点を持つことで、支援の現場で起こっていることの解像度が上がり、より効果的で人権に配慮した活動が可能になります。
この視点を他者に伝えるために
この複雑な構造を他者に伝えることは容易ではありませんが、以下の点を意識することで、より分かりやすく、説得力を持って伝えることができるでしょう。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な概念の説明だけでなく、上記で挙げたような具体的な事例を提示することで、「なるほど、そういうことか」と直感的に理解してもらいやすくなります。身近な例や、相手が想像しやすい状況設定を心がけましょう。
- 「〜だけでなく、〜も」という形で示す: 一つの原因や属性に焦点を当てるのではなく、「貧困は、単に仕事がないという問題だけでなく、その背景に女性であることや年齢、地域などの複数の要因が重なっていることがあります」のように、「〜だけでなく、〜も影響している」という形で重なりを強調します。
- 「掛け算」「化学反応」といった比喩を使う: 複数の要因が単に足し算されるのではなく、互いに影響し合い、より大きな困難を生み出すイメージを伝えるために、「困難が掛け算のように増幅する」「複数の要素が化学反応を起こして、全く新しい問題を生み出す」といった比喩を用いることも有効です。
- 当事者の声を紹介する: 可能であれば、支援対象者の方々が実際にどのような複合的な困難を経験しているのか、その「声」やエピソード(プライバシーに配慮しつつ)を紹介することが、最も説得力を持って現実を伝える方法です。
まとめ
働く場での差別・ハラスメントは、それ自体が大きな困難ですが、個人の持つ様々な属性と交差することで、貧困というさらなる深刻な問題を引き起こし、あるいは悪化させます。インターセクショナリティの視点は、この複合的な困難の構造を理解するための強力なツールです。
この視点を持つことは、貧困問題の解決を目指す活動において、支援対象者が直面する複雑な現実を深く理解し、より効果的で包括的な支援を設計するために不可欠です。ぜひ、日々の活動の中でこの視点を意識してみてください。それが、より多くの人々の困難を和らげ、より公正な社会を築くための一歩となるはずです。