女性の貧困とインターセクショナリティ:仕事、家族、社会構造…複雑な絡み合いを理解する
支援の現場では、貧困という一つの問題の背景に、様々な要因が絡み合っている状況に直面することが少なくありません。特に女性への支援を行う中で、単に収入が低いというだけでなく、性別に基づく役割や期待、家族の状況、健康状態など、複数の困難が重なっていると感じる方もいらっしゃるかもしれません。
このような、複数の属性(性別、年齢、人種、階級、障害の有無など)に基づく差別や抑圧が単独で存在するのではなく、互いに影響し合い、交差することで、より複雑で深刻な困難を生み出すという考え方を、「インターセクショナリティ(交差性)」と呼びます。この視点を取り入れることは、複雑な社会問題を理解し、効果的な支援を考える上で非常に重要です。
インターセクショナリティとは
インターセクショナリティは、法学者であるキンバリー・クレンショー氏によって提唱された概念です。彼女は、特に黒人女性が直面する差別が、単に「女性であること」への差別(性差別)と「黒人であること」への差別(人種差別)を単純に足し合わせたものではなく、黒人女性という複合的なアイデンティティゆえの固有の形で現れることを指摘しました。
つまり、性別、人種、階級、性的指向、障害、年齢、地域、国籍、言語、宗教など、様々な社会的カテゴリーが交差する地点で、個人は特有の経験をします。そして、これらのカテゴリーが持つ社会的権力や不利益の構造が重なり合うことで、単一の視点では見えにくい、複合的な差別や抑圧が生じるのです。
女性の貧困に潜むインターセクショナリティ
貧困という問題もまた、インターセクショナリティの視点で見ると、その複雑な構造が明らかになります。特に女性の貧困は、ジェンダーに基づく社会構造と様々な属性が交差することで、特有の困難を生み出しています。
例えば、以下のような交差が考えられます。
- ジェンダー×非正規雇用: 日本では、女性は男性に比べて非正規雇用の割合が高く、低賃金になりがちです。これは、女性がパートタイム労働などで家計補助的な働き方を期待されたり、育児や介護との両立のために時間的制約のある働き方を選ばざるを得なかったりするなど、ジェンダーに基づく社会構造や性別役割分業意識が背景にあります。
- ジェンダー×育児・介護: 育児や介護の主な担い手とされがちな女性は、それらの責任によってキャリアが中断されたり、正規雇用での就労が難しくなったりすることが多くあります。特に、ひとり親である女性(シングルマザー)の場合、働きながら一人で子どもを育てなければならないため、経済的に非常に厳しい状況に陥りやすく、貧困が深刻化しやすい傾向にあります。これは「女性であること」「親であること」「非正規雇用であること」などが複雑に絡み合った結果です。
- ジェンダー×年齢: 若年女性の貧困(非正規雇用、雇止め、教育機会の制約など)や、高齢単身女性の貧困(少ない年金、配偶者との死別、介護問題など)も、それぞれのライフステージにおけるジェンダーに基づく困難と貧困が交差した結果として現れます。
- ジェンダー×健康状態: 女性特有の疾患や健康問題(月経困難症、更年期障害、産後うつなど)が就労継続を困難にしたり、十分な医療を受けられないことが健康状態を悪化させ、結果として貧困に繋がるケースもあります。貧困ゆえに健康を損ね、健康ゆえに貧困から抜け出せないという悪循環に陥ることもあります。
- ジェンダー×地域: 都市部と地方、過疎地域など、居住地域によって利用できる社会資源(保育サービス、医療機関、仕事の種類など)は異なります。地方に住む女性の場合、仕事の選択肢が限られたり、子育て支援が十分でなかったりすることが、貧困リスクを高める要因となり得ます。
これらの例から分かるように、女性の貧困は単一の要因で説明できるものではなく、ジェンダーという視点に加えて、雇用形態、家族構成、年齢、健康状態、居住地域など、様々な属性が交差することで生まれる、構造的な困難であると言えます。
現場での応用と視点の重要性
インターセクショナリティの視点は、貧困問題に取り組むNPOの活動において、以下のような点で重要になります。
- 問題の根本原因の理解: 支援対象者が抱える困難が、個人的な問題だけでなく、社会構造や複数の属性の交差によって生じていることを理解することで、より深いレベルで問題の根本原因を捉えることができます。
- 個別のニーズへの対応: 支援対象者一人ひとりが、どのような属性の交差地点に立っているのかを把握することで、表面的なニーズだけでなく、その背景にある複合的な困難に対応した、よりパーソナライズされた支援計画を立てることが可能になります。例えば、シングルマザーへの支援では、単に経済的支援だけでなく、女性であることによる社会的孤立、育児と仕事の両立の困難、非正規雇用からの脱却といった、複数の側面からのアプローチが必要であると認識できます。
- 制度や政策への提言: 支援現場で見えてくる複合的な困難のパターンは、特定の属性の交差地点に位置する人々が、既存の制度や政策の狭間からこぼれ落ちている可能性を示唆します。この視点を持つことで、より多くの人が包摂されるような、制度や政策の改善に向けた説得力のある提言を行うことが可能になります。
- 活動の視点の拡大: インターセクショナリティは、貧困問題が他の様々な社会問題(ジェンダー不平等、人種差別、障害者差別など)と無関係ではないことを教えてくれます。この視点を持つことで、他分野の団体との連携や、より広範な社会変革に向けた活動への視野が広がります。
他者への説明のヒント
インターセクショナリティの概念を他者に伝える際は、抽象的な説明だけでなく、具体的な事例を用いることが有効です。例えば、「ひとり親の貧困」を説明する際に、「単にひとり親だから大変、ということではなくて、その方が女性であること、非正規雇用であること、そして子どもが小さくてフルタイムで働けないことなど、複数の要因が重なって、さらに困難な状況になっているんです」のように、複数の属性の「重なり」や「交差」によって、単一の困難がより深刻化したり、特有の困難が生じたりすることを具体的に示すと、理解が得られやすくなります。
まとめ
インターセクショナリティの視点は、貧困をはじめとする複雑な社会問題が、単一の要因ではなく、複数の差別や抑圧の構造が交差することで生まれることを教えてくれます。特に女性の貧困は、ジェンダーに基づく社会構造と様々な属性が絡み合うことで、その困難がより見えにくく、深刻化しやすい性質を持っています。この視点を持つことは、支援現場で直面する複雑な状況を深く理解し、支援を必要とする人々が直面する複合的な困難に対して、より適切で包括的なアプローチを考える上で不可欠です。ぜひ、日々の活動の中で、支援対象者がどのような「交差」地点に立っているのか、という視点を取り入れてみてください。