不安定な在留資格が深める貧困:インターセクショナリティで読み解く複合的困難
不安定な在留資格が深める貧困:インターセクショナリティで読み解く複合的困難
貧困問題の支援現場では、支援対象者の方々が単一の理由だけでなく、様々な要因が複雑に絡み合った困難を抱えていることを日々実感されていることと思います。経済的な問題に加え、性別、年齢、健康状態、家族の状況、そして出身などが、その困難をさらに深刻なものにしています。
中でも、日本に暮らす外国籍住民の方々の一部が直面する「不安定な在留資格」は、貧困と深く結びつき、見えにくい複合的な困難を生み出す重要な要因の一つです。本記事では、この「不安定な在留資格」という視点と、複数の差別や抑圧が交差する仕組みを示す「インターセクショナリティ」の概念を用いて、どのような困難が生まれるのか、そしてなぜその構造を理解することが重要なのかを解説します。
不安定な在留資格とは
「不安定な在留資格」とは、その名称の通り、日本に継続して滞在できるかどうかが不確実な状態にある在留資格、あるいは資格外の滞在を余儀なくされている状態を指す言葉として理解されることが多いです。
具体的には、以下のような状態が不安定な在留資格に含まれる場合があります。
- 難民認定申請中: 難民として認定されるまで、長期にわたり不安定な立場に置かれることがあります。
- 特定活動: 人道上の配慮などで一時的に認められる在留資格で、更新の度に不確実性が伴う場合があります。
- 仮放免: 退去強制令書が出たものの、一時的に身柄の拘束を解かれている状態。就労が原則禁止されるなど、極めて不安定な立場です。
- 在留特別許可を求めている状態: 既にオーバーステイ(不法残留)となっているものの、特別な事情により日本への在留を希望し、その判断を待っている状態。
- その他: 短期滞在からの変更が難しいケース、更新が不許可になるリスクが高いケースなど。
このような不安定な状態にあることは、単に法的な身分が不安定であるというだけでなく、生活全般にわたる様々な困難に直結します。
不安定な在留資格が単独で生む困難
不安定な在留資格は、それ自体が以下のような様々な困難を引き起こす可能性があります。
- 就労の制限または不可能: 仮放免のように原則就労が認められない場合や、許可されたとしても職種や期間に厳しい制限がある場合があります。これにより、安定した収入を得ることが極めて困難になります。
- 社会保障制度へのアクセス困難: 健康保険や年金、生活保護などの社会保障制度は、特定の在留資格や滞在期間が要件となる場合が多く、不安定な在留資格では利用できない、あるいは利用が制限されることがあります。医療費や生活費の負担が直接的に重くのしかかります。
- 住居の確保の困難: 不安定な在留資格であることや保証人がいないことなどから、賃貸契約を結ぶのが非常に難しく、劣悪な環境での居住を余儀なくされたり、住居を転々とせざるを得なくなったりします。
- 医療・教育へのアクセス困難: 健康保険に加入できないことによる医療費の懸念、子どもの教育機会の制限などが発生する可能性があります。
- 移動の制約と心理的負担: いつ退去強制となるか分からないという不安から、遠方への移動が困難になったり、精神的な負担が大きくなったりします。また、家族や友人と引き裂かれる恐れも常に伴います。
- 孤立: 自身の状況を他者に話しづらい、情報が少ない、支援につながりにくいといった理由から、社会的に孤立しやすい傾向があります。
これだけでも厳しい状況ですが、ここに他の属性や状況が重なることで、困難はさらに複雑化し、深刻さを増します。
インターセクショナリティで読み解く複合的困難
ここで、インターセクショナリティの視点が重要になります。インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢など、様々な属性が単独で存在するのではなく、互いに交差・重なり合うことで、より複雑で独自の差別や抑圧を生み出すという考え方です。
不安定な在留資格は、まさにこのインターセクショナリティを考える上で重要な「属性」や「状況」の一つと言えます。他の属性と不安定な在留資格が重なることで、どのような複合的困難が生じるのか、具体的な例を見てみましょう。
例1:女性 × 不安定な在留資格 × 経済的DV被害
もし、配偶者からの暴力(DV)から逃れてきた女性が、配偶者の在留資格に依存している、あるいは自身の在留資格が不安定な状態にある場合、その困難は劇的に増幅します。
- 単一の困難: DV被害、女性であることの困難、不安定な在留資格であることの困難。
- 複合的困難:
- DV加害者である配偶者に在留資格をコントロールされており、DVから逃げ出すと自身の在留資格を失う恐れがある。
- 日本語での情報収集が難しく、利用できる支援制度やシェルターに関する情報にアクセスできない。
- 不安定な在留資格ゆえに就労が難しく、経済的に自立して安全な場所を確保することができない。
- 法的な支援(弁護士など)にアクセスするための費用がない、あるいは支援制度自体が在留資格を要件としている。
- 自身のコミュニティ内でも、在留資格の問題から孤立し、相談相手を見つけにくい。
このように、女性であること、DV被害者であること、そして不安定な在留資格であることが重なることで、単独の困難の合計をはるかに超える、極めて脆弱な状況が生まれます。
例2:高齢者 × 不安定な在留資格 × 健康問題
高齢になり、何らかの健康問題を抱え始めた方が、不安定な在留資格の場合、生活はさらに厳しくなります。
- 単一の困難: 高齢であることの困難、健康問題、不安定な在留資格であることの困難。
- 複合的困難:
- 健康保険に加入できていない、あるいは医療費が高額になるため、必要な受診や治療を受けられない。
- 介護保険や高齢者向けの福祉サービスが利用できず、必要なケアを受けられない。
- 体力的な問題や言語の壁もあり、情報の取得や役所への手続きが困難。
- 不安定な収入または無収入のため、生活費が困窮し、栄養状態が悪化するなど健康問題がさらに悪化する。
- 頼れる家族が近くにいない場合、健康状態の悪化と経済的困窮、そして不安定な在留資格が重なり、孤立死のリスクが高まる。
年齢、健康、そして在留資格の不安定さが交差することで、生存そのものが脅かされる状況に陥りかねません。
例3:子ども × 不安定な在留資格 × 日本語能力不足
不安定な在留資格を持つ親に帯同する子どもたちも、その影響を強く受けます。
- 単一の困難: 子どもであることの脆弱性、日本語能力不足、親の在留資格が不安定であること。
- 複合的困難:
- 親の就労や収入が不安定なため、経済的に困難な状況で育つ。
- 親の在留資格の問題により、進学や将来の選択肢が狭まるのではないかという不安を抱える。
- 日本語での学習に困難があり、学校でのサポートも十分でない場合、学習についていけなくなる。
- 在留資格の不安定さや家庭の経済状況を友人に話せず、学校や地域で孤立する。
- 医療機関の受診が遅れるなど、健康面でのリスクも高まる。
子ども自身には何の責任もないにもかかわらず、親の不安定な在留資格と自身の年齢や言語状況が重なることで、成長や発達に不可欠な機会が奪われる可能性があります。
なぜこの視点を持つことが重要なのか
不安定な在留資格と貧困が交差する構造をインターセクショナリティの視点から理解することは、以下のような点で重要です。
- 問題の全体像を捉える: 目に見える経済的な問題だけでなく、その背景にある法的な立場、性別、年齢、健康などの要因がどのように絡み合っているのかを理解することで、支援対象者の抱える困難の全体像をより正確に把握できます。
- 根源的な課題へのアプローチ: 表面的なニーズ(例:食料提供)だけでなく、不安定な在留資格やそれに伴う法的な壁、社会的な孤立といった根源的な課題に目を向け、多角的なアプローチを検討できます。
- 効果的な支援計画の策定: 単一の支援では解決できない複合的な問題に対して、法的な支援、生活支援、医療支援、心理的なサポートなど、複数の専門機関やサービスと連携した包括的な支援計画を立てやすくなります。
- 他者への説明と共感の促進: なぜ特定の集団が特に脆弱な状況に置かれているのかを、複数の要因の重なりとして説明することで、社会に対する問題提起や、支援への理解・共感を広げることに繋がります。
- 制度・政策改善への提言: 個別の事例の背景にある構造的な問題を把握することで、より公平でアクセスしやすい制度や政策の必要性を具体的に提言するための根拠となります。
NPO活動における示唆
貧困問題に取り組むNPOにとって、この視点は活動の質を高める上で不可欠です。
- 丁寧なアセスメント: 支援対象者の方の話を聞く際に、経済状況だけでなく、在留資格の種類や取得経緯、家族構成、健康状態、日本語能力、過去の経験など、多角的な情報を丁寧に聞き取ることが重要です。
- 専門機関との連携強化: 入管手続、法的な問題、医療、教育など、専門的な知識が必要な分野については、弁護士、行政書士、医療機関、教育機関、他の外国人支援団体などとの連携を密にすることが求められます。
- 情報提供の工夫: 利用できる公的サービスや支援制度に関する情報を、分かりやすい言葉で、かつ多言語で提供する仕組みが必要です。口コミや信頼できる第三者(支援者など)を通じた情報提供も有効です。
- エンパワメント支援: 不安定な状況に置かれた人々が、自身の権利を知り、声を上げ、状況を改善していく力を引き出すための支援(権利擁護、ピアサポートなど)も重要です。
まとめ
不安定な在留資格は、それ自体が様々な生活上の困難をもたらしますが、性別、年齢、健康状態、家族構成、言語能力といった他の属性や状況と重なり合うことで、予測不能で深刻な複合的困難を生み出します。
インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちはこれらの見えにくい困難の構造を理解し、支援対象者の方々が抱える複雑な問題の全体像を捉えることができます。この理解は、より的確で包括的な支援を提供し、社会全体の公平性を高めていくための重要な一歩となります。
貧困支援の現場で、様々な困難に直面する方々の「なぜこんなに苦しいのだろう」という問いに対し、このインターセクショナリティというレンズが、構造的な要因を明らかにし、新たな支援の可能性を示す手がかりとなるはずです。