技能実習生・特定技能制度と貧困:重層的な困難を生む構造を理解する
技能実習生・特定技能制度の下で働く人々が直面する複合的な困難
貧困問題に取り組む中で、様々な背景を持つ人々が直面する困難が、一つの原因だけでなく複数の要因が絡み合っていると感じる場面があるかと存じます。特に、技能実習生や特定技能制度を通じて来日し、日本で働く外国人労働者の方々が抱える問題には、まさにそうした複合的な構造が見られます。
彼らが直面する困難は、単に経済的な問題に留まりません。そこには、出身国、制度上の立場、言語能力、文化の違い、借金といった様々な要素が複雑に絡み合い、重層的な脆弱性を生み出しています。この複雑な構造を理解するためには、「インターセクショナリティ」の視点が非常に有効です。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、国籍といった複数の社会的属性やアイデンティティが交差することによって、個別の属性に基づく差別や抑圧が複合され、より複雑で深刻な困難が生じるという考え方です。
例えば、「女性であること」と「マイノリティ人種であること」が交差することで、単に女性であることによる困難とも、単にマイノリティ人種であることによる困難とも異なる、独自の困難が生じうることを指摘します。この視点を技能実習生や特定技能制度の下で働く人々に当てはめてみましょう。
技能実習生・特定技能制度の下で働く人々を取り巻く状況
日本の技能実習制度や特定技能制度は、国際貢献や人手不足の解消などを目的としていますが、その運用には多くの課題が指摘されています。特に技能実習生は、「労働者」でありながら「研修生」という側面も持つ複雑な立場に置かれ、原則として働く場所を自由に選べず、転職も極めて難しい状況にあります。特定技能制度においても、転職の自由は限定的であったり、制度の変更への不安があったりします。
こうした制度の構造に加え、来日する人々が持つ様々な背景や属性が交差することで、固有の、そしてしばしば見過ごされがちな貧困や困難が生み出されています。
重なり合う困難の具体例
技能実習生や特定技能制度の下で働く人々が直面する複合的な困難は、以下のような要素が重なり合うことで顕在化します。
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制度的な脆弱性:
- 転職の制限: 原則として一度就職した職場から離れることが難しいため、劣悪な労働環境やハラスメントから逃れるのが困難になります。これは経済的な困窮に直結するだけでなく、精神的な健康も損ないます。
- 契約・制度の不理解: 日本語能力が十分でない場合、複雑な労働契約や制度の内容を十分に理解できず、不利な条件で働かされたり、必要な支援制度にアクセスできなかったりします。
- 送り出し機関への借金: 母国の送り出し機関に高額な保証金や手数料を支払っている場合が多く、その返済のために無理な労働条件を受け入れざるを得なくなります。これは「借金」という経済的困難と、「弱い立場」という制度的・構造的困難が重なる典型例です。
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言語・文化の壁:
- コミュニケーション困難: 日本語でのコミュニケーションが難しいことは、業務上の指示理解を妨げるだけでなく、地域社会からの孤立、体調不良時の受診の遅れ、行政手続きの煩雑さといった様々な困難を生みます。
- 文化・慣習の違い: 日本の労働慣習や社会のルールへの不慣れが、誤解やトラブルの原因となり、職場や地域での関係構築を難しくします。
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経済的な圧力:
- 低賃金・搾取: 最低賃金に近い水準での労働や、残業代の未払いといった経済的な搾取に遭うリスクがあります。制度的な脆弱性(転職困難、訴えにくい立場)が、経済的な搾取を可能にしています。
- 家族への送金義務: 母国に残した家族への仕送りが重要な目的であるため、自身の生活を切り詰めても送金しようと無理をしてしまい、困窮に拍車がかかります。これは「経済的な困難」と「家族への責任」という社会文化的側面が重なる例です。
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労働環境・生活環境の問題:
- ハラスメント・差別: 外国人であること、制度上の立場が弱いことなどを理由とした差別やハラスメント(パワーハラスメント、セクシャルハラスメントなど)に遭うリスクがあります。これは「人種・国籍」と「制度上の立場」という属性が重なることで生じる困難です。
- 劣悪な住居: 企業が用意した住居が、人数に対して狭すぎる、プライバシーが保てない、衛生状態が悪いなど、生活の質を著しく低下させる場合があります。これは「経済的な状況」と「契約上の立場」が重なる困難です。
これらの要因は個別に存在するだけでなく、「日本語が苦手な技能実習生(言語の壁+制度上の立場)が、送り出し機関への借金(経済的圧力+制度的な借金構造)のために転職できず、ハラスメントのある低賃金の職場で働き続け、結果的に健康を害し(労働環境の問題+健康問題)、誰にも相談できずに孤立していく(言語の壁+文化の壁+孤立)」といったように、複雑に絡み合い、その人の困難をより深刻なものにしています。
インターセクショナリティの視点を持つことの重要性
技能実習生や特定技能制度の下で働く人々の支援において、インターセクショナリティの視点はなぜ重要なのでしょうか。
- 問題の全体像の把握: 個別の問題(例えば「賃金が安い」)だけでなく、それがなぜ生じているのか、どのような要因が重なっているのかという構造全体が見えるようになります。
- 見えない困難への気づき: 単一の属性に基づく支援では見落とされがちな、複数の属性の交差点で生まれる固有の困難(例:女性技能実習生が直面する性別ハラスメントと制度的脆弱性の重なり)に気づくことができます。
- より適切な支援: その人が抱える複数の困難を同時に考慮した、より包括的でテーラーメイドの支援が可能になります。経済的な支援だけでなく、言語サポート、法的アドバイス、心理的なケア、コミュニティへのアクセス支援などを組み合わせることの重要性が理解できます。
- 制度改善への示唆: 個別の事例を通して、制度の構造そのものがどのように複合的な困難を生み出しているのかを分析し、より公正な制度への提言やアドボカシー活動に繋げることができます。
他者に説明するためのヒント
複雑なインターセクショナリティの概念や、技能実習生・特定技能制度の下での複合的困難を他者に説明する際は、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 具体的な「事例」から入る: 抽象的な概念の説明から始めるより、「〇〇さんの場合、日本語が話せないだけでなく、病気も抱えていて、さらに解雇を恐れて声を上げられないという状況が重なって、とても困っているんです」のように、実際の支援事例や身近な例から入ることで、聞き手が具体的なイメージを持ちやすくなります。
- 「掛け算」や「積み重ね」のイメージ: 単なる「足し算」ではなく、困難が重なることで影響が増幅される「掛け算」のようなものだと説明したり、複数の困難が積み重なって身動きが取れなくなる「袋小路」のような状況だと例えたりするのも有効です。
- 図やイラストの活用: 複数の円が重なり合うベン図のような図解を用いると、視覚的に理解を助けることができます。
- 「制度」が困難を生む構造を強調: 個人の「弱さ」ではなく、制度や社会構造がどのように特定の立場の人々を脆弱にしているのか、その構造的な問題に焦点を当てることも重要です。
まとめ
技能実習生や特定技能制度の下で働く人々が直面する貧困や困難は、出身国、制度上の立場、言語、借金、労働環境といった多様な要因が複雑に絡み合った結果です。インターセクショナリティの視点を持つことで、これらの重なり合う困難の構造を深く理解し、表面的な問題解決に留まらない、より本質的で包括的な支援が可能になります。
この視点は、外国人労働者支援に限らず、貧困問題に関わる様々な現場で活かせるものです。支援対象者が抱える困難の背景にある複数の要因を見つめ、それらがどのように交差しているのかを問い続けることが、支援の質を高め、より公正な社会を築く第一歩となるでしょう。