子ども・若者の多文化ルーツが深める貧困:インターセクショナリティで読み解く
私たちが貧困問題に取り組む際、支援を必要とする方々が抱える困難が、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って生じていることを日々感じているのではないでしょうか。特に、多文化的な背景を持つ子どもや若者の支援においては、彼らが直面する困難が、出身や文化、言語、そして貧困といった複数の側面で交差していることが多々あります。
このような状況を理解する上で、インターセクショナリティという視点が非常に有効です。インターセクショナリティとは、性別、人種、階級、性的指向、障害など、様々な社会的な属性やアイデンティティが単独で存在するのではなく、互いに交差・影響し合い、重層的な抑圧や差別、困難を生み出すという考え方です。この視点を取り入れることで、多文化ルーツを持つ子どもや若者が経験する貧困の構造を、より深く、立体的に捉えることができます。
多文化ルーツを持つ子ども・若者が直面する重層的な困難
多文化ルーツを持つ子どもや若者が貧困に直面する背景には、以下のような複数の要因が複雑に絡み合っています。
- 言語の壁: 家庭で使われる言語が日本語でない場合、学校での学習や社会生活におけるコミュニケーションに困難が生じることがあります。これは学業成績の不振や情報へのアクセス制限に繋がりやすく、将来の進路選択や就労に影響を与えます。
- 文化の違い: 出身国の文化や価値観と、日本の社会や学校の文化との間で戸惑いを感じることがあります。これは、人間関係の構築、学校への適応、あるいは自身のアイデンティティの形成に困難をもたらす可能性があります。
- 教育システムへの適応: 日本の教育システムや学習方法への不慣れ、進路選択に関する情報不足、受験における特定の知識や慣習への対応などが、学業の継続や希望する進路へのアクセスを阻む要因となり得ます。
- 親の状況: 親の日本語能力、就労状況、経済状況、在留資格の不安定さなどが、子どもや若者の生活全般に大きな影響を与えます。親自身が多文化的な背景から困難を抱えている場合、子どもへの十分なサポートが難しくなることがあります。
- 社会からの偏見や差別: 出身や見た目、言語などに基づいた偏見や差別は、子どもや若者の自尊心を傷つけ、学校や地域での孤立を招くことがあります。これは学習意欲の低下や社会との繋がりを失う原因となり得ます。
- 情報へのアクセス困難: 必要な支援制度や地域のリソースに関する情報が、多言語で提供されていなかったり、提供されていても理解しにくかったりすることで、適切なサポートに繋がることが難しくなります。
これらの困難は、それぞれが単独で存在するだけでなく、互いに影響し合い、強化し合います。例えば、言語の壁があるために親が安定した職に就けず経済的に困窮している家庭では、子どもは塾に通うことができず、学習の遅れを取り戻しにくいという状況が生じます。さらに、文化的な違いから学校に馴染めず孤立しがちになり、学校で学習支援や進路相談を受ける機会も逃してしまう、といった複合的な困難に直面する可能性があります。
インターセクショナリティが示す貧困構造の具体例
多文化ルーツを持つ子ども・若者の貧困をインターセクショナリティの視点から見ると、以下のような構造が見えてきます。
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「言語の壁」×「親の不安定な雇用」×「教育格差」: 親が日本語でのコミュニケーションに困難を抱え、安定した正規雇用に就けない。その結果、経済的に厳しく、子どもは家庭での学習サポートや学習塾へのアクセスが難しい。子ども自身も日本語に不慣れなまま小学校、中学校と進むことで、授業についていけず、学力格差が広がる。高校進学や大学進学が困難になり、将来的に不安定な非正規雇用に就かざるを得なくなる、という貧困の世代間連鎖のリスクが高まります。
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「文化の違い」×「社会からの偏見」×「孤立」: 自身の文化的背景と日本の社会・学校文化との間で葛藤を抱え、学校や地域で馴染めずに孤立する。さらに、見た目や名前などから偏見の対象となる経験をすることで、社会への不信感を持ち、積極的に関わろうとしなくなる。必要な情報や支援にアクセスする機会を失い、精神的な健康を損なったり、将来の展望を持つことが難しくなったりすることで、経済的な自立に向けたステップを踏み出せなくなる可能性があります。
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「不安定な在留資格」×「情報へのアクセス困難」×「制度の狭間」: 親が不安定な在留資格である場合、公的な支援制度の利用が制限されたり、そもそも制度に関する正確な情報にアクセスすることが非常に困難です。子ども自身も、進学や就労において在留資格が障壁となる場合があります。このような状況では、困難が複合的に重なり、既存の支援制度の「狭間」に置かれやすく、深刻な貧困状態から抜け出す道が見えにくくなります。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性
貧困問題に取り組むNPOとして、インターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。この視点は、支援対象者が抱える困難が、単なる経済的な問題だけでなく、出身、文化、言語、年齢、在留資格など、様々な属性が複雑に絡み合った結果であることを理解する助けとなります。
これにより、表面的な課題への対処だけでなく、その根底にある複合的な要因を特定し、より包括的かつ個別のニーズに合わせた支援計画を立てることが可能になります。例えば、多文化ルーツを持つ子どもへの学習支援を行う場合、単に勉強を教えるだけでなく、日本語の習得支援、文化的な背景を考慮したメンタルケア、親への情報提供や生活相談、そして将来の進路に関する丁寧なサポートなど、複数の側面からのアプローチが必要であることが見えてきます。
また、この視点は、異なる分野のNPOや支援機関、行政との連携の重要性を教えてくれます。貧困問題の背景にある言語の壁、文化的な適応、教育格差、健康問題、法的問題(在留資格など)といった多様な課題に対応するためには、それぞれの専門性を持つ機関が連携し、情報やリソースを共有しながら、支援対象者を多角的に支える体制を構築することが不可欠です。
インターセクショナリティの概念を他者に説明するヒント
支援者同士や地域住民など、他者にインターセクショナリティの概念やその重要性を説明する際には、以下の点を意識すると伝わりやすくなります。
- 具体的な事例を用いる: 抽象的な概念論ではなく、実際に現場で出会った事例や、典型的な困りごとの事例(本記事で紹介したような)を具体的に挙げることで、「複数の困難が重なることで、事態がより深刻になる」というイメージを持ってもらいやすくなります。
- 「交差点」や「重なり」の比喩を使う: 複数の道(属性や困難)が交差する場所を想像してもらうことで、異なる要素が複合的に影響し合う様子を視覚的に捉えてもらうことができます。
- 「もし、自分が〇〇だったら?」と問いかける(記事本文では使用しないが、説明の際に有効な手法): 相手が持つ属性に加えて、特定の属性(例:「もし、あなたが外国で、言葉も十分に分からず、子育てをしながら一人で生活しなければならなくなったら、どのような困難が考えられますか?」)を重ね合わせて考えてもらうことで、困難の重層性を体感的に理解してもらう手助けになります。ただし、これは相手の状況に配慮し、関係性が構築できている場合に行うべき手法です。
- 「単一の対策では十分ではない理由」を説明する: 例えば、「日本語学習だけでは不十分で、なぜ生活支援や進路相談も必要なのか」というように、単一の支援だけでは解決しない複雑さがあることを説明することで、インターセクショナリティの視点の必要性を説得力を持って伝えることができます。
まとめ
多文化ルーツを持つ子どもや若者が直面する貧困は、言葉の壁、文化の違い、教育システムへの適応、親の状況、社会からの偏見など、様々な要因が複雑に交差することで生じる重層的な困難です。インターセクショナリティの視点を持つことは、これらの困難の構造を深く理解し、支援対象者の本当のニーズを捉えるために不可欠です。
この視点を取り入れることで、私たちは支援対象者の複雑な状況をより立体的に把握し、単一の属性にとらわれない、包括的かつ連携した支援を設計することができます。そして、この視点を他者と共有することで、より多くの人々が重なる困難の存在に気づき、社会全体で多文化ルーツを持つ子どもや若者を含むすべての人々が尊厳を持って生きられるよう、共により良い支援のあり方を模索していくことに繋がるでしょう。