地域社会のスティグマが深める貧困:偏見と重なる見えない困難の構造
はじめに
NPOでの活動を通じて、支援を必要とする方々が抱える困難は、単一の原因ではなく、様々な要因が複雑に絡み合っていることを日々実感されているかもしれません。経済的な困窮だけでなく、健康問題、家族関係、地域とのつながりなど、複数の課題が同時に存在するケースが多いでしょう。
こうした複合的な困難の構造を理解するための有効な視点が「インターセクショナリティ」です。インターセクショナリティは、性別、人種、階級といった複数の属性が交差することで、単独の属性だけでは説明できない、固有の差別や困難が生じるという考え方です。
本記事では、特に「スティグマ」という社会的な烙印が、貧困とどのように交差することで、支援対象者の困難をさらに深めているのか、地域社会に焦点を当てて考察します。貧困そのものに対するスティグマに加え、特定の地域、特定の病歴、あるいは過去の経験などに対する偏見が重なることで生まれる見えない壁について理解を深めましょう。
「スティグマ」とは何か
まず、「スティグマ(stigma)」とは何かを簡単に整理します。社会学的な文脈におけるスティグマは、個人がある特定の属性や状態(例えば、精神疾患、犯罪歴、貧困、特定の地域出身など)を持つことによって、社会的に望ましくないと見なされ、非難されたり、差別されたり、排除されたりする現象を指します。スティグマは単なる個人的な問題ではなく、社会的な価値観や偏見によって生み出され、強化される構造的な問題です。
貧困に対するスティグマもその一つです。「貧困は個人の努力不足によるものだ」「自己責任だ」といった見方や偏見が社会に存在することで、貧困状態にある人々は、経済的な困難に加えて、非難されたり、恥ずかしいと感じさせられたり、支援を求めること自体に抵抗を感じたりします。これにより、必要な支援にアクセスできなかったり、社会から孤立したりする状況が生まれます。
貧困と地域社会のスティグマが交差する構造
貧困に対するスティグマは、それ単独でも深刻な影響を及ぼしますが、他の属性に対する地域社会の偏見やスティグマと交差することで、より複雑で強固な困難の構造を作り出します。インターセクショナリティの視点から、いくつかの例を考えてみましょう。
例えば、特定の地域、特に過去に犯罪が多いとされた地域や、高齢化が進み活気が失われたと見なされている地域、あるいは特定の病気を持つ人が多いとされる地域などの出身者に対する偏見が地域社会に根強く残っている場合があります。
事例:出身地域と貧困の交差
ある人が、経済的な困難を抱えながら、特定の出身地域で暮らし続けているとします。地域外での就職活動において、履歴書に記載された住所を見ただけで、面接官がその地域に対するネガティブなイメージを持ち、それが選考に影響する可能性があります。これは、貧困という経済的な状況と、出身地域という属性、そしてその地域に対する社会的なスティグマが交差することで生まれる困難です。
また、地域内でも、貧困状態にあること自体へのスティグマと、その地域の住民であることに対するスティグマが重なることがあります。例えば、地域の集まりやイベントから遠ざけられたり、行政やNPOの相談窓口を利用していることが知られるのを恐れたりすることで、必要な情報やサポートにアクセスしにくくなります。これにより、社会的な孤立が深まり、貧困からの脱却がさらに困難になります。
事例:特定の病歴と貧困の交差
特定の疾患(例:精神疾患、特定の感染症など)の治療歴や、過去の服役経験などがある人が、経済的な困難を抱えながら地域社会で生活している場合も同様です。地域住民の中には、それらの経験に対する偏見や根拠のない不安を抱く人がいるかもしれません。
こうした偏見が表面化すると、その人は近隣住民から避けられたり、地域活動への参加をためらったり、あるいは賃貸契約を断られたりする可能性があります。経済的な困難から抜け出すために仕事を探しても、履歴書の記載や噂話などから過去の経験が知られ、就職差別につながることもあります。
ここでは、貧困という経済状態に加え、特定の病歴や過去の経験という属性、そしてそれらに対する社会的なスティグマが交差しています。これにより、経済的な問題だけでなく、居住の不安定化、社会的な孤立、精神的な苦痛といった複合的な困難が生じ、貧困状態が固定化されるリスクが高まります。
支援現場への示唆:インターセクショナリティの視点を活かす
これらの事例は、支援対象者が直面する困難が、単に経済的な問題だけでなく、様々な属性へのスティグマや偏見が複雑に絡み合っていることを示しています。NPOなどの支援現場では、このインターセクショナリティの視点を持つことが非常に重要です。
- 複合的な困難を認識する: 支援対象者の抱える困難が、経済的な問題だけでなく、性別、年齢、出身、健康状態、過去の経験など、複数の属性に対するスティグマと交差していないか、注意深く観察し、聞き取りを行うことが重要です。
- スティグマを助長しない支援: 支援者自身が、特定の属性や貧困状態に対する無意識の偏見を持っていないか内省し、支援対象者が恥ずかしさを感じたり、非難されていると感じたりしないような、尊厳を尊重したコミュニケーションを心がける必要があります。
- 地域社会への働きかけ: スティグマは個人的な問題ではなく、地域社会に存在する偏見や構造によって生み出されます。支援活動の中で、地域住民への啓発や、多様な人々が安心して暮らせるインクルーシブな地域コミュニティづくりに向けた働きかけを行うことも、長期的な視点では重要になります。
- 包括的な視点で解決策を模索する: 困難が複合的であるならば、支援策も多角的である必要があります。経済的な支援だけでなく、就労支援、住居支援、精神的なサポート、地域とのつながりを回復するためのプログラムなど、様々な側面からアプローチすることを検討します。
他者に説明する際のポイント
インターセクショナリティ、特にスティグマが貧困と交差する構造を他者に説明する際には、以下の点を意識すると伝わりやすいでしょう。
- 具体的な事例を用いる: 抽象的な概念だけでなく、上記で挙げたような具体的な事例(あるいは、皆さんの現場で実際にあった、個人が特定されない形での事例)を示すことで、「自分ごと」として捉えてもらいやすくなります。「〜という属性があるために、経済的に困っていることに加えて、さらにこんな困難が生じている」というように、複数の側面が「重なる」様子を説明します。
- 「自己責任」論を問い直す: 貧困や困難を「個人の努力不足」と捉えがちな社会に対して、スティグマや偏見といった社会構造的な要因が、個人の努力だけでは乗り越えられない壁を作り出していることを明確に伝えます。困難の根源が、個人の内面や能力ではなく、社会の側にある偏見や構造にあることを強調します。
- 共感を促す: 誰しもが、何らかの属性や経験によって社会的な偏見や排除のリスクに晒される可能性を持っていることを示唆し、共感や理解を得られるように努めます。
まとめ
地域社会におけるスティグマは、貧困という経済的な困難に重なり、支援対象者の生活を多角的に困難にしています。出身地域、特定の病歴、過去の経験など、様々な属性に対する偏見やスティグマが交差することで、就労機会の制限、居住の不安定化、社会的な孤立、精神的な負担といった複合的な問題が生じ、貧困からの脱却を阻んでいます。
インターセクショナリティの視点を持つことは、これらの見えにくい困難の構造を理解し、より効果的で、スティグマを助長しない支援を実践するために不可欠です。支援現場での実践や、他者への説明を通じて、スティグマという社会的な壁を取り除くための働きかけを進めていくことが、真にインクルーシブな社会を実現するための一歩となるでしょう。