シングルペアレントが直面する貧困:家族形態、性別、労働…重なり合う困難の構造
シングルペアレント(ひとり親)世帯の貧困は、日本社会における重要な課題の一つです。その背景には、単に収入が低いというだけでなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っている現状があります。インターセクショナリティという視点を取り入れることで、この複雑な構造をより深く理解することができます。
インターセクショナリティとは
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢、国籍など、複数の属性が交差することによって生じる、特有の差別や抑圧、あるいは不利益の構造を分析するための概念です。単一の属性に基づく差別(例:性差別だけ、人種差別だけ)だけでなく、複数の属性が重なり合うことで、その人独自の、より複雑で困難な状況が生まれることを示します。
シングルペアレントの貧困に現れるインターセクショナリティ
シングルペアレントが直面する貧困は、まさにこのインターセクショナリティが色濃く現れる領域です。ここでは、いくつかの主要な要素がどのように交差するかを見ていきます。
1. 家族形態(単独親であること)
まず、シングルペアレントという家族形態自体が、経済的・社会的な困難を生み出す起点となります。一人の親が家計を支えながら、子育て、家事、地域の付き合いなどを全て担う負担は非常に重く、時間的・精神的な余裕を奪います。これは、他の属性に関わらず共通する困難ですが、他の属性と重なることでその深刻さが増します。
2. 性別
シングルペアレントの多くは女性です。日本では、依然として根強い性別役割分業意識や、女性の非正規雇用率の高さ、賃金格差などが存在します。この「性別」という属性が、「シングルペアレント」という立場と交差することで、経済的な不安定さが顕著になります。例えば、子育てのために時間的な制約がある中で、正規雇用や十分な収入が得られる仕事に就くことが一層困難になります。
3. 労働環境・階級
シングルペアレントである親の学歴や職歴、現在の雇用形態(正規・非正規)は、世帯の経済状況に直結します。不安定な非正規雇用である場合、低賃金、雇用の不安定さ、社会保険や福利厚生の不十分さといった問題が、「一人で家計を支える」という責任と重なります。これは、親が育った家庭の経済状況や教育環境(「階級」)とも関連し、貧困の世代間連鎖のリスクを高めます。
4. 地域
居住する地域によって、利用できる公的な支援制度や保育施設、仕事の種類や賃金水準は大きく異なります。地方や過疎地域では、就労機会が限られたり、子育て支援サービスが不足したりすることがあります。都市部でも、特定の地域では高家賃が家計を圧迫するといった問題があります。「シングルペアレント」という立場が「特定の地域に住む」という属性と交差することで、貧困の様相や困難の度合いが変わってきます。
5. 年齢
シングルペアレントになった時の親の年齢も重要な要素です。例えば、若年で親になった場合、社会経験や職務経験が不足している、学業を中断せざるを得なかった、社会的な孤立が深いといった困難が「シングルペアレント」であることと重なります。高齢のシングルペアレントの場合、親自身の健康問題や、高齢ゆえの就労の難しさが加わる可能性もあります。
6. 健康状態・障害
親や子に持病や障害がある場合、医療費や介護・ケアにかかる負担が増大します。これにより、親の就労時間が制限されたり、離職を余儀なくされたりすることがあります。「シングルペアレント」という立場に、「病気」や「障害」という属性が交差することで、経済的・物理的・精神的な負荷は計り知れないほど大きくなります。
これらの要素が個別に存在するだけでなく、互いに影響し合い、困難を増幅させるのがインターセクショナリティの核心です。例えば、「地方に住む非正規雇用のシングルマザーで、病気の子どもがいる」といった場合、それぞれの困難が重なり合うことで、単一の困難を抱える人よりもはるかに厳しい状況に置かれる可能性があります。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点
貧困問題に取り組むNPOにとって、このインターセクショナリティの視点は極めて重要です。
- 複雑性の理解: 支援対象者が抱える問題が、単一の原因ではなく、複数の属性の交差によって生まれていることを深く理解できます。
- 包括的な支援: 経済的支援だけでなく、就労支援、子育て支援、健康支援、メンタルヘルスケア、孤立解消のためのコミュニティ支援など、複合的な困難に対応するための包括的なアプローチを設計する上で役立ちます。
- 制度の隙間の発見: 既存の支援制度が、特定の属性の組み合わせを持つ人々のニーズに十分に応えられていない「隙間」を発見し、新たな支援プログラム開発や政策提言に繋げることができます。
- 多様なニーズへの対応: 支援対象者を画一的に捉えるのではなく、一人ひとりが抱える属性の組み合わせと、それによって生じる固有の困難に寄り添うことができます。
他者に概念を説明するヒント
インターセクショナリティの概念は抽象的で難しく感じられることがありますが、具体的な事例を用いることで理解を深めることができます。
- 身近な例から: 身近な社会問題(例:シングルペアレントの貧困、非正規雇用の問題、地域格差など)を取り上げ、「なぜ特定のグループがより困難を抱えやすいのか」を問いかけ、複数の要因の絡み合いを示す。
- 物語で伝える: 特定の個人(架空でもよい)が、性別、地域、雇用形態、家族状況といった複数の要素が重なることでどのような困難を経験するのか、ストーリー形式で説明する。
- 図示する: 複数の属性の円が重なり合うイメージや、困難の要素が積み重なっていく図などを活用する。
まとめ
シングルペアレントの貧困は、単なる低収入の問題ではなく、家族形態、性別、労働環境、地域、年齢、健康状態など、さまざまな属性が複雑に交差することで生まれる複合的な困難です。インターセクショナリティの視点は、この重なり合う困難の構造を解き明かし、支援の現場において、より効果的で一人ひとりに寄り添ったアプローチを可能にします。この視点を持つことは、シングルペアレントに限らず、貧困やその他の社会問題を理解し、解決策を探る上で不可欠であると言えるでしょう。