出自・生い立ちが深める貧困:児童養護施設経験、地域、家族背景…重なる困難の構造
出自・生い立ちと貧困:なぜ複雑に絡み合うのか
貧困問題の現場に携わる中で、支援を必要とする方々が抱える困難は、単に収入が低いという経済的な側面に留まらないことを日々実感されているかもしれません。性別、年齢、健康状態、抱える責任、居住地など、様々な属性が複合的に影響し合い、一人ひとりの状況をより複雑にしているのではないでしょうか。
こうした複合的な困難を理解するための有効な視点が、「インターセクショナリティ」です。この概念は、性別、人種、階級といった複数の社会的属性やアイデンティティが交差することで、特有の差別や不利な状況が生じる構造を指します。本記事では、特に「出自」や「生い立ち」という側面が、他の属性とどのように交差し、貧困を深める構造を生み出すのかをインターセクショナリティの視点から探ります。
インターセクショナリティ再考:出自・生い立ちは見えない属性?
インターセクショナリティは、差別の問題を考える際に、特定の属性(例:女性であること、特定の人種であること)だけでなく、それらが複数重なり合うことの重要性を説きます。例えば、「女性」という属性だけでなく、「貧困状態にある黒人女性」のように、複数の属性が交差する状況に焦点を当てることで、より複雑で固有の困難が見えてきます。
では、「出自」や「生い立ち」は、どのように他の属性と交差するのでしょうか。出自とは、生まれ育った環境、家族構成、親の経済状況や学歴、育った地域、所属するコミュニティなどを広く含む概念です。生い立ちは、幼少期から現在に至るまでの個人的な経験や経緯を指します。
これらの要素は、一見すると個人の「過去」や「背景」に思えるかもしれません。しかし、実際には現在の教育機会、就労機会、人間関係、社会からの評価、アクセスできる情報やリソースなどに深く影響を及ぼし、他の様々な属性(年齢、性別、健康状態など)と複雑に絡み合いながら、その人が直面する困難を形作ります。そして多くの場合、これらの困難は貧困と密接に結びついています。
具体的な事例に見る出自・生い立ちと貧困の交差
1. 児童養護施設出身者が直面する複合的困難
児童養護施設で育った子どもたちは、18歳頃になると施設を退所し、自立を求められます。この「施設出身」という生い立ちは、他の多くの属性と交差し、貧困リスクを高める要因となります。
- 生い立ち(施設出身)×年齢(若年)×経済状況(低収入): 退所後の住居確保や生活費の工面など、経済的な自立は大きな壁です。十分な貯蓄や親からの援助がない場合が多く、不安定な非正規雇用に就かざるを得ないことも少なくありません。
- 生い立ち(施設出身)×社会関係資本(希薄)×教育機会(限定的): 施設での生活は安定した人間関係を築く機会が限られがちで、頼れる家族や親族がいないことも多いです。また、進学率が一般家庭の子どもに比べて低い傾向があり、教育の機会の制限がその後の就労状況に影響します。
- 生い立ち(施設出身)×心理状態(トラウマ)×社会からのスティグマ: 施設に入るに至った背景には、虐待やネグレクトなど、様々な困難な経験があります。これらのトラウマはメンタルヘルスに影響を与え、社会に出た後も生きづらさに繋がることがあります。「施設出身者」というレッテルを貼られる社会的なスティグマも、就労や人間関係構築の障壁となる場合があります。
このように、「施設出身」という生い立ち一つをとっても、若年であること、経済的に不安定であること、社会的なサポートが少ないこと、教育機会が限定されていること、心理的な問題を抱えていること、社会からの偏見など、複数の要因が重なり合い、複雑な貧困構造を生み出しているのです。
2. 特定の地域・コミュニティ出身者が直面する複合的困難
育った「地域」や「コミュニティ」という出自も、貧困と複雑に交差します。
- 出自(過疎地域出身)×教育機会(限定的)×雇用機会(少ない): 地方の過疎地域や産業が衰退した地域では、都市部に比べて教育機関や質の高い教育を受ける機会が少ない場合があります。また、地域内に安定した雇用を生み出す産業が乏しいため、若者は進学や就職を機に地域を離れるか、地域内に留まっても不安定な雇用にしか就けないといった状況が生じます。
- 出自(特定のコミュニティ出身)×社会からの偏見(スティグマ)×社会関係資本(内向き): 歴史的な背景を持つ特定のコミュニティや、社会的に不利な立場に置かれやすいコミュニティ出身であるという出自は、社会からの偏見や差別(スティグマ)に晒されるリスクを高めます。これにより、就職、住居の確保、人間関係の構築などで困難が生じることがあります。コミュニティ内の結びつきは強くても、外部との繋がりや支援機関へのアクセスが限定される場合もあり、孤立が深まることもあります。
- 出自(家族背景 - 親の経済状況・学歴)×教育機会×社会関係資本: 親の経済状況や学歴が低い家庭で育ったという出自は、子どもが十分な教育機会を得られなかったり、学習に必要な環境が整わなかったりといった形で影響します。親が持つ社会的な繋がりや情報(社会関係資本)も限定的である場合が多く、子どもは将来の選択肢が狭まり、貧困が世代間で連鎖するリスクが高まります。
これらの事例からも、出自や生い立ちという側面が、年齢、地域、社会からの評価、教育、社会関係資本といった他の属性や状況と重なり合い、貧困という困難をより深刻で、乗り越えにくいものにしている構造が見えてきます。
NPO活動とインターセクショナリティ:支援の質を高めるために
貧困問題に取り組むNPOの現場では、これらの複合的な困難を抱える方々が多くいらっしゃいます。表面的な経済的困難だけでなく、その背景にある出自や生い立ちに関わる困難、そしてそれが他の属性とどう絡み合っているのかを理解することは、支援の質を高める上で非常に重要です。
インターセクショナリティの視点を持つことで、以下のようなことが可能になります。
- 見過ごされがちな困難への気づき: 支援対象者が抱える問題が、単一の要因ではなく、複数の要素(特に、本人も意識していない出自・生い立ちに関わる要素)が重なり合っていることに気づくことができます。
- 画一的でない個別支援: 一人ひとりの置かれた状況や背景を深く理解し、画一的なプログラムではなく、その人固有の複合的な困難に対応できる tailor-made の支援計画を立てることができます。
- 多角的な連携の促進: 出自や生い立ちに関わる困難は、貧困問題だけでなく、教育、福祉、心理ケア、人権問題など、多様な分野と関連しています。この視点を持つことで、多分野の専門機関やNPOとの連携の必要性が見えてきます。
- 制度や政策への提言: 個別の支援事例から見えてくる複合的な困難の構造を分析することで、既存の制度や政策の隙間、あるいは特定の属性の重なりによって支援が届きにくい人々が存在することに気づき、改善に向けた提言を行うための根拠とすることができます。
複雑な構造を他者に伝えるヒント
インターセクショナリティ、特に出自や生い立ちが貧困にどう影響するかという複雑な構造を他者に伝えることは容易ではありません。しかし、以下の点を意識することで、より分かりやすく伝えることができるでしょう。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な概念の説明だけでなく、上で紹介したような具体的な事例や、ご自身の活動現場で出会った事例を紹介することから始めると、聞き手はイメージしやすくなります。「〇〇さんの抱える問題は、単に収入が低いだけでなく、実は育った環境や過去の経験も複雑に影響しているんです」のように、身近な話として提示します。
- 「重なり」や「交差」を意識させる言葉を使う: 「単なるAの問題ではなく、AがBやCと重なることで、より深刻な状況になっている」「この人は性別、年齢、そして育った地域という異なる側面が交差することで、特有の困難を抱えています」のように、属性の「重なり」「交差」を強調する言葉を使います。
- 「見えない困難」に光を当てる: 出自や生い立ちに関わる困難は、外からは見えにくいものです。その「見えにくさ」自体が困難を深めていることを説明し、「なぜこの人は頑張ってもうまくいかないのだろう?」と感じる背景に、見えない構造があることを示唆します。
- 当事者の声を借りる: 可能であれば、当事者の言葉や体験談を紹介することが最も説得力があります。ただし、個人のプライバシーや尊厳には最大限配慮が必要です。
まとめ
出自や生い立ちという側面は、個人の努力だけでは変えられない、あるいは容易には乗り越えられない社会的な背景や経験を含みます。そして、これらが性別、年齢、健康、居住地など他の様々な属性と交差することで、貧困という困難はより複雑で、深刻なものとなります。
インターセクショナリティの視点を通じて、これらの見えない障壁や重層的な困難の構造を理解することは、貧困支援の現場で働く私たちにとって、支援の対象者をより深く理解し、真に必要なサポートを提供するための鍵となります。この視点を活動に取り入れ、他者にも伝えていくことで、より包括的で公正な社会の実現に向けた歩みを進めることができると信じています。