公的支援へのアクセス困難と貧困：手続き、情報、健康…重なり合う障壁を理解する
公的支援へのアクセス困難：貧困と重なり合う見えない障壁
貧困問題に取り組む現場では、経済的な困難だけでなく、様々な要因が複雑に絡み合っていることを日々感じているという方も多いかもしれません。特に、「公的支援制度」が用意されているにもかかわらず、必要な人に支援が届きにくいという状況は、その複雑さを象徴しています。
なぜ、支援が必要な人が制度を利用できないのでしょうか。単に制度を知らないから、あるいは手続きが面倒だから、といった理由だけでは説明できない、もっと根深い構造が存在します。ここでインターセクショナリティという視点が役立ちます。
インターセクショナリティとは？
インターセクショナリティとは、性別、人種、階級、年齢、障害、性的指向、健康状態といった様々な属性や社会的状況が単独で存在するのではなく、互いに交差・重複し、特定の個人や集団に対して複合的な不利や差別を生み出すという考え方です。この視点を用いると、公的支援へのアクセス困難も、単一の原因ではなく、複数の要因が重なり合って生じる構造として捉えることができます。
公的支援アクセスを阻む重なり合う要因
貧困状態にある人々が公的支援制度にアクセスする際に直面する困難は、いくつかの要因が重なり合うことで増幅されます。主な障壁として以下のようなものが挙げられます。
- 情報へのアクセス・理解の困難:
- 制度の存在を知らない。
- 制度内容や要件が複雑で理解できない。
- インターネット環境がなく、情報収集が難しい（デジタルデバイド）。
- 公的な情報が難解な言葉で書かれている。
- 手続きの困難:
- 申請書類が多く、書き方が分からない。
- 必要な証明書などを揃えるのが難しい。
- 役所に行くための時間や交通費がない。
- 窓口でのコミュニケーションが苦手、あるいは威圧感を感じる。
- オンライン申請に対応できない。
- 健康状態・心理的要因:
- 体調が悪く、役所に行ったり手続きを進めたりする気力や体力が不足している。
- 精神的な不調により、複雑な思考や判断が難しい。
- 過去に制度利用で嫌な経験があり、不信感や諦めがある。
- 「自己責任」といったスティグマを感じ、支援を求めることに抵抗がある。
- その他の社会的・環境的要因:
- ケア責任（育児、介護など）があり、自分の手続きに時間を割けない。
- 日本語が苦手、文化的な背景が異なるため、制度を理解しにくい。
- 頼れる家族や友人がいない（孤立）。
- 劣悪な居住環境で、落ち着いて手続きをする場所がない。
これらの要因は、単独でもアクセスを難しくしますが、複数重なり合った場合に、その困難は飛躍的に増大します。
インターセクショナリティによる読み解き：複合的な障壁の例
インターセクショナリティの視点から見ると、公的支援へのアクセス困難は、個々の障壁の合計ではなく、それらが相互に作用し合うことで生まれる新たな困難として理解できます。
例えば、以下のような状況を想像してみてください。
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高齢で、かつ独居であり、持病がある。さらに低学歴で、スマートフォンの操作に不慣れ。この人が、家賃補助や医療費助成といった制度を利用しようとした場合、どうなるでしょうか。
- 情報源が限られる（デジタルデバイド、活字が苦手）。
- 役所に行くのが困難（持病、移動手段）。
- 複雑な申請書類の理解と作成が難しい（低学歴、情報理解力）。
- 誰にも相談できない（独居）。
- これらの要因が重なることで、「制度を知ること」から「申請書を出すこと」まで、一つ一つのステップが極めて困難になります。
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シングルマザーで、かつ非正規雇用。さらに子育てのストレスから精神的な不調を抱え、過去に福祉窓口で冷たい対応を受けた経験がある。この人が児童扶養手当や生活保護、職業訓練などの制度を検討する場合。
- 仕事と育児で時間がなく、情報収集や手続きの時間が取れない（非正規雇用、シングルマザー）。
- 精神的な不調で、複雑な手続きや交渉をする気力がない（メンタルヘルス）。
- 役所への不信感があり、相談に行くこと自体に強い抵抗がある（過去の経験）。
- 経済的に不安定なため、交通費などの負担も重い（非正規雇用）。
- この場合、制度の存在を知っていても、心理的・時間的・経済的な複合的障壁が立ちはだかります。
このように、個人の持つ複数の属性や抱える状況が交差することで、公的支援制度へのアクセスが著しく困難になるのです。この構造が見えにくいがゆえに、「あの人は怠けている」「制度を知らないだけだ」といった誤解を生む可能性もあります。
貧困の固定化・悪化とNPO活動への示唆
公的支援制度へのアクセス困難は、貧困状態を固定化し、さらには悪化させる重大な要因となります。必要な支援を受けられないことで、経済的な状況が改善しないだけでなく、健康状態の悪化、社会からの孤立、子どもの教育機会の喪失など、様々な問題が連鎖的に深刻化します。
インターセクショナリティの視点は、私たちNPO職員にとって、支援対象者の抱える困難を多角的に理解するための重要なツールです。単に経済的な支援を考えるだけでなく、その人がなぜ制度を利用できないのか、どのような障壁が複合的に存在しているのかを見立てることが、より効果的な支援につながります。
具体的には、以下のようなアプローチが考えられます。
- 複合的な課題の丁寧な把握: 経済状況だけでなく、健康状態、家族関係、情報アクセス手段、過去の経験、心理状態など、多角的な聞き取りを行う。
- 伴走型支援の強化: 情報提供に留まらず、申請書類の作成支援、役所への同行、関係機関との連携など、手続きの最後まで伴走する。
- アウトリーチの重要性: 支援を必要としているが、自らアクセスできない人々に積極的に働きかける。
- 制度・社会への働きかけ: 制度の複雑さ、情報提供の方法、窓口対応の改善など、制度側の課題にも目を向け、提言や改善に向けた活動を行う。
この視点を他者に伝えるために
公的支援へのアクセス困難が複合的な構造を持つことを他者に説明する際には、具体的な事例を丁寧に伝えることが有効です。「〜という属性の人だから難しい」と単一の原因に還元するのではなく、「〜さんと〜さん、それぞれが異なる困難を抱えているが、複数の要因が重なることで共通して制度にアクセスできない状況にある」といった形で、インターセクショナリティの考え方を織り交ぜて説明することが理解を助けます。
まとめ
公的支援へのアクセス困難は、貧困の現場で見過ごされがちな複合的な困難の一つです。インターセクショナリティの視点を持つことで、情報、手続き、健康、心理、社会的状況など、様々な要因が重なり合うことで生まれる見えない障壁の構造が明らかになります。この構造を理解し、多角的なアプローチで伴走することが、貧困状態にある人々が尊厳を持って暮らすための支援につながるのです。