貧困と孤立の重なり:年齢、健康、地域…インターセクショナリティで読み解く
複雑に絡み合う困難:貧困と「孤立」の関係性
貧困問題に取り組む現場では、経済的な困窮だけでなく、様々な要因が複雑に絡み合って、支援対象者の方々を追い詰めている現実を日々感じていることでしょう。例えば、生活費が足りないという問題の背後には、病気や障害、非正規雇用、家族の介護、地域からの孤立など、複数の困難が存在することが少なくありません。
こうした「複数の困難が重なり合う構造」を理解するための重要な視点の一つに、「インターセクショナリティ(交差性)」があります。このサイトでは、性別や人種、階級といった属性が交差することで、特定の個人や集団が複合的な差別や不利な状況に直面する仕組みを紹介しています。
今回は、貧困と特に深く関わり、多くの場合見過ごされがちな「孤立」という社会関係資本の欠如に焦点を当てます。孤立が単独で存在するのではなく、様々な属性や状況と重なり合うことで、どのように貧困を深化させるのかを、インターセクショナリティの視点から読み解いていきます。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティは、クレンショー氏によって提唱された概念で、「性別」「人種」「階級」「性的指向」「障害」「年齢」といった複数の属性が互いに影響し合い、差別や抑圧を複合的に生み出す構造を分析するための枠組みです。例えば、「女性」という属性と「特定のマイノリティ人種」という属性が交差することで、「白人男性」や「白人女性」が直面する差別とは異なる、固有の困難や差別が生じうることが指摘されています。
この視点を貧困問題に応用すると、単に「所得が低い」という事実だけでなく、その人が持つ様々な属性や置かれた状況(年齢、健康状態、居住地域、家族構成、雇用形態、社会との繋がりなど)が、どのように貧困のリスクを高めたり、貧困からの脱却を困難にしたりするのかを立体的に捉えることができます。
貧困を深める「孤立」のメカニズム
「孤立」とは、家族や友人、地域社会との繋がりが希薄であったり、全くなかったりする状態を指します。孤立は、単に精神的な寂しさをもたらすだけでなく、経済的な困難を深める物理的・社会的な要因となりえます。
- 情報不足: 孤立している人は、公的な支援制度、就職情報、地域の助け合い活動などの情報にアクセスしにくい傾向があります。
- 社会資源へのアクセス困難: 孤立により、困ったときに頼れる人がいないため、緊急の資金援助や一時的な住居の確保などが難しくなります。
- 就労機会の限定: 人との繋がりや紹介が少ない場合、就職活動が不利になることがあります。また、病気などで一時的に働けなくなった際に、支援してくれる人がいないため、状況がさらに悪化しやすいです。
- 健康問題の悪化: 孤立はストレスを高め、メンタルヘルスや身体的な健康状態を悪化させるリスクを高めます。健康状態の悪化は、就労困難や医療費負担増に繋がり、貧困を深めます。
- セーフティネットの不在: 経済的な危機に陥った際に、非公式なセーフティネット(友人や親族からの借金など)がないため、公的支援に繋がるまでの「つなぎ」が機能しにくくなります。
インターセクショナリティの視点から見る貧困と孤立の重なり
孤立は、特定の属性や状況と重なることで、その影響力がさらに増幅され、貧困をより深刻なものにします。インターセクショナリティの視点から、その構造を具体的に見てみましょう。
1. 年齢と孤立の重なり
- 高齢者: 高齢化に伴う家族との死別、友人関係の変化、身体機能の低下による外出困難、デジタルデバイドなどが孤立の原因となります。これが年金収入の不足や病気と重なることで、経済的な困窮は一層深刻化します。支援情報にアクセスできない、体調を崩しても誰も気づかないといった状況は、貧困からの脱却を極めて困難にします。
- 若年層: 非正規雇用や不安定な働き方、都市部での単身生活、人間関係の希薄化などが若年層の孤立を引き起こすことがあります。これが低賃金や奨学金返済、正規雇用への就職困難と重なると、経済的な自立が難しくなり、貧困状態が長期化するリスクが高まります。
2. 健康状態と孤立の重なり
- 病気や障害: 慢性的な病気や精神的な課題、身体的な障害は、外出や就労を困難にし、人との繋がりを持つ機会を奪います。これが低所得や医療費の負担と重なると、孤立がさらに深まり、経済的な困難から抜け出しにくくなります。病状が悪化しても適切なサポートや情報が得られず、孤立の中で困窮していくケースが多く見られます。
3. 地域と孤立の重なり
- 地方: 公共交通機関の不足、商店の閉鎖、地域のコミュニティ機能の低下などが孤立を招きやすくなります。これが高齢化、産業の衰退による雇用機会の減少、低収入といった地域固有の課題と重なると、経済的な困窮と地域からの孤立が相互に悪影響を及ぼし合います。
- 都市部: 核家族化、近所付き合いの希薄化などが孤立の原因となります。収入が低く不安定な人々は、転居を繰り返しやすく地域に根付きにくいため、孤立しがちです。高家賃などの生活コストが高い中で孤立していると、いざという時のセーフティネットが全く機能せず、ホームレス化などのリスクが高まります。
4. その他の属性との重なり
性別(特に女性の単身者)、家族構成(単身者、シングルペアレント)、雇用形態(非正規、フリーランス)、国籍(外国籍住民)など、様々な属性や状況が孤立のリスクを高めます。これらの属性が前述の年齢、健康、地域といった要因とさらに重なることで、孤立と貧困の複合的な困難はより複雑で深刻なものとなります。例えば、「地方に住む高齢の単身女性で、持病があり、経済的に困窮している」という場合、年齢による孤立、健康問題による孤立、地域性による孤立、そして女性単身者という属性が、それぞれの困難を増幅させ、貧困からの脱却を極めて困難にしていると考えられます。
NPO活動における示唆:インターセクショナリティと孤立の視点を持つことの重要性
インターセクショナリティの視点から貧困と孤立の重なりを理解することは、支援活動において非常に重要です。
- 多角的なアセスメント: 支援対象者の困難を、経済状況だけでなく、年齢、健康、家族、居住地、社会との繋がりなど、複数の側面から捉える必要があります。孤立のリスク要因や、それが他の困難とどう結びついているかを丁寧に聞き取ることが重要です。
- 孤立解消と経済的支援の一体化: 孤立の解消そのものが、情報や社会資源へのアクセスを改善し、経済的な安定に繋がる可能性があります。居場所作り、ピアサポート、アウトリーチ活動など、社会との繋がりを回復・強化するための支援は、経済的支援と並行して行うべき不可欠なアプローチです。
- 多機関連携の強化: 孤立している人は、様々なニーズを抱えていることが多いです。経済支援だけでなく、医療、福祉、法律、地域コミュニティなど、複数の機関や専門家が連携し、包括的なサポート体制を構築することが求められます。
この構造を他者に説明するヒント
貧困と孤立がインターセクショナリティとして重なり合う複雑な構造を他者に伝える際には、以下の点が役立つでしょう。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な概念からではなく、「例えば、地方で一人暮らしをしている高齢のAさんは…」といった具体的な人物像やエピソードから話し始めることで、聞き手が自分事として捉えやすくなります。
- 「なぜ」が重要であると強調する: 貧困状態にあるという「結果」だけでなく、「なぜその人がその状況にあるのか、何が困難を深めているのか」という「構造」に焦点を当てることの重要性を伝えます。「所得が低い」という事実は同じでも、その背景にある年齢、健康、孤立といった要因が異なることで、必要な支援も異なってくることを説明します。
- 図解やイラストを用いる: 複数の要因が重なり合う構造を視覚的に示すことで、より直感的な理解を助けることができます。例えば、中心に「貧困」があり、それを囲むように「孤立」「高齢」「病気」「地方」といった要素が描かれ、それらが矢印で繋がり相互に影響し合っている様子を示すなどです。
まとめ
貧困と孤立は、単独の問題ではなく、年齢、健康状態、居住地域など、様々な属性や状況と複雑に重なり合うことで、その困難さを増幅させます。この構造をインターセクショナリティの視点から理解することは、見えにくい困難に光を当て、より効果的で、その人の状況に寄り添った支援へと繋げるための重要な一歩となります。支援現場での経験や、この視点から得られた知見を活かし、複雑な困難を抱える方々への理解を深め、より実効性のある支援を届けていくことが期待されます。