貧困層が直面する環境問題:見えない不平等とインターセクショナリティ
はじめに:貧困問題に潜む「見えない」困難
貧困問題の現場で活動されている方であれば、支援対象者が抱える困難が、単に「お金がない」という経済的な側面に留まらないことを日々実感されていることと思います。健康問題、教育の課題、地域からの孤立、仕事が見つからないといった問題が複雑に絡み合い、その人独自の困難を生み出しています。
しかし、これらの問題に加えて、さらに見えにくい形で貧困層に重くのしかかる困難があります。それが、環境問題です。環境問題と聞くと、遠い国の出来事や、壮大な地球規模の話のように感じるかもしれません。しかし、実は私たちの身近な生活環境の質や、気候変動の影響は、貧困層にこそ不均衡に、そして深刻な形で影響を与えています。
この記事では、貧困と環境問題がどのように結びつき、どのような複合的な困難を生み出すのかを、インターセクショナリティ(複数の差別や抑圧が交差する構造)の視点から解説します。この視点を持つことで、貧困問題への理解を深め、より包括的な支援や課題解決への道筋が見えてくるはずです。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢など、複数のアイデンティティや属性が交差することで、その交差によって固有の、しばしばより厳しい差別や抑圧が生じるという考え方です。例えば、「女性である」ことによる困難と、「人種的マイノリティである」ことによる困難はそれぞれ存在しますが、「人種的マイノリティの女性である」ことによって、これら単独では説明できない、独自の困難に直面することがあります。
これは貧困問題にも当てはまります。貧困は経済的な状態ですが、その人が「貧困である」という事実に、「女性である」「高齢者である」「地方に住んでいる」「健康問題を抱えている」といった他の属性が重なることで、貧困そのものがもたらす困難がより深刻化したり、あるいは特有の困難が生じたりします。環境問題もまた、貧困と交差することで、新たな複合的困難を生み出す要因となり得るのです。
貧困層が直面しやすい具体的な環境問題
貧困層が環境問題の影響をより強く受ける背景には、いくつかの構造的な要因があります。
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劣悪な居住環境と汚染への暴露リスク: 低所得層は、家賃が安い、あるいは古く傷んだ集合住宅や、工場、幹線道路、ごみ処理施設などの近くに住まざるを得ない傾向があります。これらの地域は、大気汚染物質、騒音、悪臭などに晒されるリスクが高い場合があります。こうした環境は、呼吸器疾患や心血管疾患などの健康問題を引き起こしやすく、貧困と健康問題という困難に、さらに環境問題が重なる構造を生み出します。
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気候変動による影響への脆弱性: 気候変動により、猛暑や豪雨、洪水などの異常気象が増加しています。貧困層は、断熱性の低い古い住宅に住んでいたり、エアコンなどの冷暖房器具がなかったり、電気代を払えないために使用を控えるといった状況が多く見られます。これにより、熱中症や関連する健康被害のリスクが高まります。また、ハザードマップ上のリスクが高い低地や河川沿いに居住している場合、災害発生時の避難が困難であったり、被災後の住まいや生活再建がより困難になったりします。貧困、高齢、劣悪な居住環境、そして気候変動といった複数の要因が重なり、命の危険に直結する脆弱性が高まります。
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環境対策にかかる費用の負担増: 地球温暖化対策として、省エネ家電の導入やエコカーへの買い替えなどが推奨されますが、これらは初期費用が高額であり、貧困層にとっては容易ではありません。公共交通機関が不十分な地域では、老朽化した燃費の悪い車を維持せざるを得ず、ガソリン価格の高騰が家計を圧迫します。また、プラスチック製買物袋の有料化や、ごみ処理有料化なども、日々の生活コストとして貧困層にはより重い負担となり得ます。環境に優しい行動が経済的な負担となることで、貧困はさらなる困難を抱えることになります。
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安全な水や食料へのアクセス格差: 安価な食料品や新鮮な野菜・果物を購入できるスーパーマーケットが少ない地域(フードデザート)は、低所得層が多く住む地域と重なることがあります。これにより、栄養バランスの偏った食事になりやすく、健康問題につながります。また、老朽化した水道インフラによる水質悪化や、高額な水道料金が問題となる地域も存在し、安全な水へのアクセスが困難になるケースも見られます。食料や水といった生存に不可欠なものへのアクセスが、経済状況や居住地域といった複数の要因によって制限される構造が見られます。
インターセクショナリティで読み解く複合的困難
これらの環境問題は、貧困という属性に単独で影響するのではなく、他の属性と交差することで、より複雑な困難を生み出します。
- 貧困 × 高齢 × 劣悪な住環境 × 猛暑: → 熱中症リスクが極めて高い。
- 貧困 × 地方在住 × 自動車以外に移動手段がない × ガソリン高騰: → 仕事や病院、買い物に行けない、社会から孤立するリスクが高まる。
- 貧困 × 子ども × 汚染地域在住: → 健康問題、学習への影響、将来的な機会損失につながる。
- 貧困 × 障害 × 災害リスクの高い地域: → 災害時の避難や情報収集が極めて困難になる。
このように、貧困と環境問題の交差は、経済的な困難だけでなく、健康、安全、移動、教育、社会参加など、生活のあらゆる側面に影響を及ぼし、複合的な脆弱性を生み出すのです。
NPO活動への示唆:環境問題の視点を取り入れる
貧困問題に取り組むNPOにとって、環境問題という視点を持つことは、支援の質を高める上で非常に重要です。
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支援対象者の状況を多角的に捉える: 面談やアセスメントを行う際に、経済状況だけでなく、居住環境(日当たり、風通し、断熱性、周辺環境)、地域における環境リスク(浸水リスク、工場や道路からの距離)、日常の移動手段、食料や水へのアクセス状況など、環境に関する側面も丁寧に聞き取ることで、見えなかった困難に気づくことができます。
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複合的困難を踏まえた支援策の検討: 例えば、猛暑が予想される時期には、エアコンの設置が難しい家庭に対し、自治体のクーリングシェルター情報を提供したり、熱中症予防の啓発を行ったり、場合によっては避暑のための居場所づくりを検討することも支援の一環となります。災害リスクが高い地域であれば、避難情報の入手方法や避難経路の確認を一緒に行う、防災グッズの備蓄を支援するなど、具体的なアクションにつなげることが可能です。
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他分野との連携強化: 環境問題に取り組むNPOや研究機関、自治体の環境部局、あるいは防災関連団体などと連携することで、専門的な知見やリソースを得られます。地域の環境リスク情報を共有したり、合同で啓発活動を行ったりすることも有効です。
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政策提言への活用: 現場で得られた知見を基に、貧困層の居住環境改善のための補助金制度、災害リスクの高い地域における住環境対策、公共交通機関の充実、フードデザート解消に向けた取り組みなど、環境と貧困の双方に配慮した政策の必要性を社会に働きかけることができます。
この視点を他者に伝えるために
インターセクショナリティ、特に貧困と環境問題の関連性は、一般的にはまだ広く知られていません。この視点の重要性を他者に伝える際には、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な議論よりも、「〇〇さんのご家庭では、古いアパートに住んでいてエアコンもなく、夏の猛暑で体調を崩されることが多いんです」のように、具体的なエピソードやデータ(例:特定の地域の熱中症搬送者の割合など)を示すことで、問題の深刻さや自分事として捉えてもらいやすくなります。
- 「不平等」という言葉を使う: 「環境問題は誰にでも平等に起きるわけではなく、経済状況や住んでいる場所によって、影響の受けやすさに大きな差がある不平等な問題です」と伝えることで、構造的な問題であることを強調できます。
- 「見えない」「重なり合う」困難として説明する: 「貧困という経済的な困難の上に、住環境や気候変動といった環境的な困難が重なり合うことで、その人が抱える問題はより見えにくく、複雑になります」と説明することで、インターセクショナリティの考え方に自然と誘導できます。
まとめ:包括的な支援のために
貧困は単なる経済的な問題ではなく、性別、年齢、人種、健康状態、居住地域、そして環境といった多様な属性が交差することで生じる、複合的かつ構造的な困難です。特に環境問題は、貧困層にさらなる脆弱性をもたらす「見えない不平等」として存在しています。
インターセクショナリティの視点を持つことは、貧困問題の複雑な構造を深く理解し、支援対象者が抱える困難の全体像を把握するために不可欠です。環境問題との関連性に目を向けることで、これまでの支援では拾いきれなかったニーズが見つかり、より包括的で実効性のある支援につながる可能性があります。
このウェブサイトが、環境問題と貧困の複合的困難に対する理解を深め、皆様の活動の視点を広げる一助となれば幸いです。