貧困と「生活能力」のインターセクショナリティ:情報、金銭、健康…重なる困難の構造
貧困と「生活能力」のインターセクショナリティ:情報、金銭、健康…重なる困難の構造
貧困問題の現場で活動されている皆様の中には、「なぜ、基本的な手続きがうまくいかないのだろう」「どうして、何度伝えても金銭管理が難しいのだろう」といった疑問や、支援対象者の抱える困難が単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていると感じられている方もいらっしゃるのではないでしょうか。一見すると個人の能力や努力の問題に見えることが、実は社会的な構造や、その方がこれまで生きてきた中で重ねてきた経験によって生じる複合的な困難に根差している場合があります。
本記事では、「インターセクショナリティ」という視点を用いて、現代社会で求められる「生活能力」の困難が、他の様々な属性や状況と交差することで、どのように貧困を深めるのか、その構造を解説します。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティ(交差性)とは、人々の経験する差別や不利益が、性別、人種、階級、性的指向、障害、年齢など、複数の属性が同時に存在し、影響し合うことで生じるという考え方です。単一の属性だけを見ていては見えにくい、独自の困難や不利益の構造を明らかにするための概念です。
例えば、女性であることによる差別に加え、マイノリティの人種であること、あるいは貧困状態にあることが重なると、単に「女性差別」や「人種差別」、「貧困」という視点だけでは捉えきれない、より複雑で深刻な困難に直面することがあります。
現代社会で求められる「生活能力」とは?
かつて「生活能力」と聞くと、掃除や料理、洗濯といった家事能力や、決まった時間に起きるといった自己管理能力などが主に思い浮かべられたかもしれません。しかし、情報化が進み、社会制度が複雑化し、働き方や人間関係が多様化した現代において、貧困からの脱却や安定した生活を送るためには、より広範で複雑な「生活能力」が求められるようになっています。
具体的には、以下のような能力が含まれます。
- 情報リテラシー: 必要な情報をインターネットや公的機関のウェブサイトから探し出す、情報源の信頼性を判断する、デジタルデバイスやオンラインサービスを利用する。
- 金銭管理能力: 収入と支出を正確に把握する、家計を計画する、複雑な契約(携帯電話、ローン、サブスクリプションなど)の内容を理解する、適切な金融サービスを選ぶ。
- 健康管理能力: 自身の体調の変化に気づき、必要に応じて医療機関を受診する、複雑な医療制度や保険制度を理解する、ストレスを管理する。
- 手続き・交渉能力: 行政手続きや申請書類を理解し、不備なく作成・提出する、契約内容を交渉する、様々な窓口や担当者と適切にコミュニケーションを取る。
- 社会関係資本の維持: 信頼できる人間関係を築き、維持する、孤立を防ぐ、必要なときに助けを求める。
これらの能力は、現代社会で自立して生きていく上で不可欠ですが、その習得や維持は、個人の努力だけで賄えるものではありません。
「生活能力」の困難と貧困の交差
ここでインターセクショナリティの視点が重要になります。「生活能力」の困難は、特定の属性や社会的な状況と交差することで、貧困を加速させ、あるいは貧困からの脱却を極めて困難にします。
例えば、
- 高齢であること × 情報リテラシーの困難: 高齢でデジタルデバイスの利用経験が少ない方が、行政手続きのオンライン化やキャッシュレス決済の普及についていけず、必要な情報やサービスにアクセスできない。身体的な衰えや移動の制約も加わると、窓口に行くことも難しくなり、孤立や経済的損失に繋がりやすくなります。
- 低学歴・特定の育ちの環境 × 金銭管理能力の困難: 幼少期から経済的に不安定な環境で育ち、金銭教育を受ける機会が少なかった方が、成人してからも計画的な金銭管理が難しく、衝動的な消費や詐欺被害に遭いやすくなります。不安定な雇用や健康問題を抱えている場合、さらにリスクが高まります。
- 特定の健康問題(精神疾患や発達障害など) × 手続き・コミュニケーション能力の困難: 精神疾患や発達障害などにより、集中力や段取り、対人コミュニケーションに困難を抱える方が、複雑な福祉制度の申請手続きができなかったり、ハローワークでのやり取りに苦労したり、職場で孤立したりします。これが、必要な支援や安定した職へのアクセスを阻害し、貧困状態を長期化させます。
- シングルペアレントであること × 時間・健康管理の困難: 子育て、特にワンオペで働くシングルペアレントは、自身の健康管理や情報収集、必要な手続きのための「時間」そのものが決定的に不足しています。病気になっても病院に行く時間がなかったり、重要な通知を見落としたり、子どもの急病で仕事を休まざるを得なかったりすることが重なり、経済的にも精神的にも追い詰められます。
これらの事例が示すように、「生活能力」の困難は、それが他の様々な困難要因(年齢、健康状態、学歴、家族構成、育ちの環境、デジタルデバイドなど)と交差することで、単なる個人のスキル不足を超えた、構造的な貧困の壁となります。
支援現場への示唆と他者への説明
このようなインターセクショナリティの視点を持つことは、貧困問題に取り組むNPO職員の皆様にとって非常に重要です。
支援対象者の「生活能力」に見える困難を、単なる個人的な問題として捉えるのではなく、その方の年齢、健康、学歴、過去の経験、現在の社会環境など、複数の要因が複雑に絡み合って生じた結果であると理解することで、より包括的で効果的な支援が可能になります。
例えば、金銭管理が難しい方に対して、単に家計簿のつけ方を指導するだけでなく、情報へのアクセス、精神的な安定、過去の経験、あるいは時間的な余裕のなさなど、背景にある複合的な要因をアセスメントし、必要に応じて医療機関や他の専門機関との連携を検討するといったアプローチが考えられます。
この概念を他の支援者や一般の方々に説明する際には、具体的な事例を用いることが有効です。「〇〇さんの場合、一人暮らしの高齢で、目が悪く、近くに相談できる人もいないため、行政のウェブサイトを見たり、複雑な申請書を書いたりするのがとても難しいのです。これは、単に『できない』のではなく、年齢、健康、情報アクセス、孤立といった複数の困難が重なって起きていることです」のように、複数の要因がどのように絡み合っているかを丁寧に説明することで、構造的な問題への理解を深めることができます。
まとめ
現代社会で求められる「生活能力」の多様化・複雑化は、特定の属性や状況にある人々にとって新たな困難を生み出しています。この「生活能力」の困難が、年齢、健康、学歴、育ちの環境、家族構成など、他の様々な困難要因と交差するインターセクショナリティの構造を理解することは、貧困問題の複雑さを深く捉え、効果的な支援や社会変革に繋げるために不可欠です。
私たちの活動が、個々の困難の背後にある重層的な構造を明らかにし、真に必要とされる支援や、すべての人々が尊厳を持って生きられる社会の実現に貢献できることを願っています。