劣悪な居住環境が深める貧困:年齢、家族構成、健康…重なり合う困難の構造
貧困問題と居住環境:見過ごされがちな複雑さ
貧困問題に取り組む中で、支援を必要とする方々が抱える困難が、単一の原因ではなく、様々な要因が複雑に絡み合っていることを実感されている方は多いのではないでしょうか。その中でも、居住環境は、貧困を巡る問題において非常に重要な要素でありながら、他の要因と重なり合うことで困難を一層深刻化させることがあります。
住居がない、あるいは安定した住居に住めないという問題だけでなく、一見「住居がある」ように見えても、その質が著しく低い「劣悪な居住環境」もまた、貧困を固定化し、生活の質を著しく低下させる要因となります。そして、この「劣悪な居住環境」が引き起こす困難は、その人の年齢、家族構成、健康状態、ジェンダー、障害の有無など、様々な属性と交差することで、さらに重く、複雑な問題として現れるのです。
インターセクショナリティの視点とは
複数の差別や抑圧が、個々の属性(性別、人種、階級、性的指向、障害など)が単独で存在するのではなく、互いに交差・連携することで、より複雑で深刻な困難を生み出すという考え方を「インターセクショナリティ」といいます。これは、特定の属性だけを見て問題を理解しようとするのではなく、複数の属性がどのように組み合わさり、個人や集団の経験に影響を与えているのかを捉えるための重要な視点です。
貧困問題にこのインターセクショナリティの視点を適用すると、例えば「単に収入が低い」というだけでなく、「シングルマザーである」ことに加え、「非正規雇用である」「慢性疾患を抱えている」「高齢である」といった複数の要因が重なることで、その人が経験する貧困が、他の人とは異なる、より複合的で解決が困難な様相を呈していることが見えてきます。
劣悪な居住環境と貧困が交差する構造
劣悪な居住環境とは、具体的には、家賃が安くても手狭すぎる、老朽化が著しい、断熱性が低い、衛生状態が悪い、安全性に問題がある(防犯・防災)、騒音がひどい、地域インフラが乏しい、近隣関係が孤立しやすいなど、様々な状態を指します。このような環境は、それ自体が生活の質を下げるだけでなく、経済的な負担や健康問題、社会的な孤立など、様々な困難と結びつき、貧困を深める構造を持っています。
そして、この劣悪な居住環境が、個人の持つ他の属性とどのように交差するのかを見ていきましょう。
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年齢との交差:
- 高齢者: 高齢になると、階段の上り下りが困難になったり、冬季の厳しい寒さが健康に直結したりします。断熱性の低い古い住宅では光熱費が高騰しやすく、年金収入だけでは賄いきれない経済的負担が増加します。また、地域の交流が少ない、孤立しやすい環境では、急な体調悪化への対応が遅れるリスクも高まります。
- 子ども: 手狭で安全でない環境は、子どもの学習スペースを確保することを困難にし、心身の健康や発達にも影響を与えます。騒音や衛生状態の悪さは、集中力の低下や病気のリスクを高め、教育機会の格差に繋がることがあります。
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家族構成との交差:
- シングルペアレント: 多くの物を収納できない手狭な環境で、限られたスペースの中で育児と家事をこなすのは大変な負担です。また、防犯面の不安がある環境では、一人で子どもを守る親は常に緊張を強いられます。
- 大家族: 十分な部屋数がない住宅では、プライベート空間の確保が難しく、家庭内のストレスが増加する可能性があります。
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健康状態・障害との交差:
- 持病・慢性疾患: 適切な温度管理ができない、カビやほこりが多い環境は、喘息やアトピー、リウマチなどの持病を悪化させる可能性があります。バリアフリーでない住宅は、身体に障害がある方や要介護者にとって移動そのものを困難にし、自宅での生活の質を著しく低下させます。
- 精神疾患: 騒音や劣悪な衛生環境は、ストレスを増大させ、精神的な不安定さを招くことがあります。また、人との関わりが持ちにくい孤立した住環境は、回復を妨げる要因となる可能性があります。
これらの例からも分かるように、劣悪な居住環境の問題は、その人が持つ他の属性と組み合わさることで、個別の属性だけでは見えなかった新たな困難や、既存の困難の深刻化を引き起こします。例えば、高齢であること自体が困難を伴いますが、それに加えて劣悪な居住環境という要因が重なることで、経済的困難、健康悪化、孤立という問題が複合的に立ち現れ、単なる「貧困」では括れない、より複雑で解決が困難な状況を生み出すのです。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性
貧困問題に取り組むNPOとして、このインターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。支援対象者が抱える困難が、住居の問題だけ、あるいは健康の問題だけ、あるいは年齢の問題だけ、といった単一の要因で説明できない場合が多いからです。複数の要因が交差していることを理解することで、以下のような効果が期待できます。
- 問題の正確な把握: 支援対象者が直面している困難の全体像をより正確に捉えることができます。「住む場所がない」だけでなく、「持病が悪化しやすいアパートに住んでいる単身高齢女性で、近所に頼れる人もいない」といった、より具体的で複合的な状況を理解できます。
- 効果的な支援設計: 複合的な困難に対して、より包括的で個別化された支援を設計できるようになります。単に住居を提供するだけでなく、その人の年齢や健康状態、家族構成などを考慮に入れた、住居の質や地域との繋がり、医療・福祉サービスへのアクセスなども含めた多角的な支援を検討できます。
- 他者への説明・協働: 支援対象者の困難の複雑さを、関係者(行政、他の支援機関、寄付者、ボランティアなど)に分かりやすく説明しやすくなります。「なぜこの方には単なる経済的支援だけでは足りないのか」「なぜこの住居では問題なのか」といった点を、複合的な視点から論理的に説明することで、理解と協力を得やすくなります。
他者にこの視点を伝える際には、「単に貧困なのではありません。〇〇であること、△△であること、そして□□であること、これら全てが重なり合って、その方が経験する困難を特別なものにしています」といったように、具体的な属性とそれが生み出す状況の重なりを強調することが有効です。具体的な事例(個人が特定されない範囲で)を交えることで、より共感や理解を得やすくなるでしょう。
まとめ
劣悪な居住環境は、単なる住まいの問題に留まらず、貧困を深め、様々な困難を生み出す重要な要因です。そして、その影響は、個人の年齢や家族構成、健康状態といった他の属性と交差することで、一層複雑で深刻なものとなります。
貧困問題の解決を目指す上で、インターセクショナリティというレンズを通して、こうした複合的な困難の構造を理解することは不可欠です。この視点を持つことで、支援対象者の状況をより深く理解し、効果的な支援を設計し、そして広く社会に問題の複雑さを伝え、共感を広げることができるでしょう。私たちが取り組むべきは、単一の「貧困」ではなく、いくつもの要因が重なり合った、多様で複雑な困難を抱える人々の姿なのです。