身元保証人の壁と貧困:年齢、雇用、国籍…重なり合う困難の構造
はじめに
貧困問題の支援現場において、私たちはしばしば、支援対象者が身元保証人を見つけられないという壁に直面する状況を目にします。住居を借りる際、就職する際、あるいは病気で入院する際など、様々な生活の場面で身元保証人の存在が求められることがあります。保証人がいないために必要なサービスを受けられず、生活がさらに不安定になる。このような状況は、単に「保証人がいない」という事実だけでなく、その背景にある様々な要因が複雑に絡み合って生じています。
本稿では、この身元保証人という壁が、個人の特定の属性(性別、年齢、雇用形態、国籍、家族構成、健康状態など)が複数重なり合うことで、いかに乗り越えがたい困難となり、貧困状態を深刻化・固定化させるのかを、インターセクショナリティの視点から解説します。
なぜ身元保証人が壁となるのか
日本社会では、アパートやマンションの賃貸契約、入院時の手続き、就職時の誓約、各種ローンや契約など、多くの場面で身元保証人が求められる慣行があります。これは、契約者が義務を果たせなかった場合に、保証人がその責任を負うという仕組みです。
身元保証人が見つからない、あるいは頼める親族や友人がいない人々にとって、これは大きな障壁となります。住居が確保できず不安定な住環境に置かれる、正規雇用での就職が難しくなる、病気になっても適切な医療を受けられないといった事態に繋がり、生活の基盤そのものが揺らぎかねません。
インターセクショナリティで読み解く身元保証人の壁
身元保証人を見つけにくい状況は、個人の社会的属性と深く関連しています。そして、単一の属性だけでなく、複数の属性が重なり合うことで、その困難は一層深刻になります。ここにインターセクショナリティの視点が必要となります。
例えば、以下のような属性の組み合わせは、身元保証人を見つけにくい状況を生み出す、あるいは悪化させる要因となり得ます。
- 高齢であること × 非正規雇用であること × 頼れる家族がいないこと: 年齢的に保証人を見つけにくい状況に加え、不安定な雇用形態であること、さらに孤立していることが重なり、住居の確保が極めて困難になります。
- 外国籍であること × 日本語能力に制限があること × 在留資格が不安定であること: 言葉の壁や文化的な違いに加え、社会的なネットワークが限定的であること、在留資格による制約が重なり、保証人を見つけることが難しくなります。保証会社の審査基準も厳しくなる傾向があります。
- 過去に逮捕歴や債務整理の経験があること × 安定した職がないこと: 過去の経歴に加え、現在の経済状況の不安定さが重なり、社会的な信用が低く見なされがちです。親族や知人も保証人になることを躊躇する場合が多くなります。
- 障害や病気があること × 単身であること × 低収入であること: 健康上の課題があることに加え、サポートしてくれる家族がおらず、経済的に余裕がない状況が重なることで、特に医療機関での入院保証人などが見つけにくくなります。
- シングルペアレントであること × 非正規雇用であること × 都市部での生活であること: 育児負担による時間的制約、不安定な雇用、そして人間関係が希薄になりがちな都市環境といった複数の要因が重なり、保証人となりうる人的ネットワークを築くことが困難になります。
このように、年齢、性別、国籍、雇用形態、健康状態、家族構成、過去の経歴、地域など、個人の持つ様々な属性が重なり合うことで、身元保証人という壁はより高く、そして複雑になります。これは単に「保証人がいない」という個人的な問題ではなく、社会構造や特定の属性に対する差別・偏見、社会的なセーフティネットの不足が絡み合った、複合的な困難の現れなのです。
身元保証人問題が貧困を深める構造
身元保証人が見つからないことは、生活を立て直すための機会を奪い、貧困状態を固定化・悪化させる直接的な要因となります。
- 住居不安: 保証人不要の物件は限られており、劣悪な環境である場合も少なくありません。安定した住居が確保できないことは、心身の健康を損ない、就労を困難にさせ、生活全般を不安定にします。
- 就労機会の損失: 一部の企業では、正規雇用の条件として身元保証人を求める場合があります。保証人がいないことで、安定した職に就く機会を逃し、不安定な非正規雇用から抜け出せなくなります。
- 医療・福祉アクセスの阻害: 入院や施設入所時に身元保証人が求められることで、必要な医療や介護サービスを受けられず、健康状態が悪化し、就労不能に陥るリスクを高めます。
- 制度利用の障壁: 公的な支援制度やサービスを利用する際にも、手続きの複雑さや情報不足に加え、身元確認や保証に関わる問題が障壁となることがあります。
これらの障壁は、貧困状態にある人々が自立を目指す上での大きな足かせとなります。そして、先に述べたように、特定の属性が重なり合う人々ほど、これらの障壁に直面する可能性が高く、貧困から抜け出すことがより困難になるのです。
NPO活動への示唆と他者への説明のポイント
貧困問題に取り組むNPO職員にとって、身元保証人問題におけるインターセクショナリティの視点を持つことは非常に重要です。
この視点を持つことで、支援対象者が直面している困難が、単に「保証人がいない」という表面的な問題ではなく、その人の持つ複数の属性に対する社会的な壁や構造的な問題に根差していることを深く理解できます。例えば、高齢の外国籍住民が住居を探している場合、単に保証人代行サービスを紹介するだけでなく、言語の壁、文化的な背景、在留資格による制約、高齢者に対する偏見、外国籍者に対する差別といった複数の要因が絡んでいることを理解し、それぞれに対応した多角的な支援(多言語での情報提供、行政手続きのサポート、コミュニティへの参加促進、権利擁護など)を検討することが可能になります。
また、この概念を他者(支援者、行政職員、一般市民、寄付者など)に説明する際には、抽象的な議論に終始せず、具体的な事例を交えることが効果的です。
- 「Aさんは、若い頃に犯罪経験があるため、仕事も住まいも探しにくい状況です。さらに、家族との関係が希薄なため身元保証人も見つかりません。このように、過去の経験、家族構成、そして不安定な就労状況という複数の困難が重なって、生活が立ち行かなくなっています。」
- 「Bさんは、地方から出てきたシングルマザーです。都市部には頼れる人が少なく、子育てをしながら非正規で働く中で、急な病気で入院が必要になりましたが、身元保証人が見つからず困っています。性別、家族形態、地域、雇用形態といった様々な要因が重なり、支援が必要な状況にあります。」
このように、特定の属性がどのように重なり合い、具体的な困難(この場合は身元保証人の壁)を生み出し、それがさらに貧困に繋がるのかを、ストーリーテリングで伝えることが、他者の理解を深める上で役立ちます。
まとめ
身元保証人という壁は、日本社会における様々な構造的な課題や差別、偏見が凝縮されて現れる場所の一つです。特に、年齢、雇用形態、国籍、家族構成、健康状態など、複数の属性において困難を抱える人々にとって、この壁は貧困から抜け出すことを一層困難にする深刻な障壁となります。
インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちは支援対象者が直面する身元保証人問題を、単なる個人的な問題ではなく、社会構造が生み出す複合的な困難として捉えることができます。この理解に基づき、多角的な支援策を講じること、そして、身元保証人制度の見直しを含む社会的な取り組みを進めることが、重なり合う困難を抱える人々の尊厳が守られ、貧困から抜け出す機会が提供される社会を実現するために不可欠です。