見知らぬ土地への移住が深める貧困:地域、情報、社会関係…インターセクショナリティで読み解く構造
はじめに
貧困問題の支援に携わる中で、私たちはしばしば、支援対象者が単一の原因ではなく、複数の困難が絡み合った状況にあることを実感します。その困難の一つに、「見知らぬ土地への移住」という状況が挙げられます。特に地方から都市部へ、あるいは都市部から地方へ、あるいは遠方の地域から別の地域へ移住してきた人々が、それまでの生活基盤を失い、新たな場所で様々な壁に直面することで貧困状態に陥ったり、それが深刻化したりするケースが見られます。
この記事では、「見知らぬ土地への移住」が、個人の持つ他の属性(性別、年齢、家族構成、健康状態など)や置かれた状況(非正規雇用、ケア責任など)とどのように交差し、貧困という困難を深めていくのかを、インターセクショナリティの視点から読み解いていきます。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティ(交差性)とは、人々の経験する差別や不利益が、性別、人種、階級、障害、性的指向、年齢、地域、健康状態など、多様な属性が単に足し合わされるのではなく、複合的に交差することで、より複雑で深刻なものとなることを指摘する考え方です。
単に「貧困」という問題として捉えるだけでは、その人がなぜ貧困から抜け出せないのか、どのような支援が必要なのかを見誤る可能性があります。そこに「見知らぬ土地への移住」という要因が加わると、慣れ親しんだ環境では直面しなかった新たな困難が生まれ、それが他の属性と結びつくことで、さらに複雑な構造が立ち現れます。
見知らぬ土地への移住がもたらす具体的な困難
見知らぬ土地へ移住した人々は、多くの場合、以下のような具体的な困難に直面する可能性があります。
- 地域性の違いへの不適応: 地域の慣習、人間関係の希薄さ、情報伝達の仕組みの違いなどが、生活への馴染みにくさや孤立感につながることがあります。
- 情報格差: 地方自治体の福祉サービス、地域の医療機関、利用可能なNPOや相談窓口、ハローワークの情報など、地域独自の重要な情報にアクセスすることが困難になる場合があります。インターネット環境がない場合や、情報リテラシーに課題がある場合はさらに深刻です。
- 社会関係資本の欠如: 頼れる友人、家族、地域住民、職場の同僚といった、困った時に相談できる人や支援を求められるネットワークがゼロからのスタートとなります。これは心理的な支えの欠如だけでなく、具体的な生活上の問題解決(例:急病時の対応、保証人、物件探し)にも影響します。
- 住居確保の困難: 見知らぬ土地での物件探しは、地域の相場や治安、物件の質に関する情報が不足しがちです。また、保証人がいない、定職がないといった状況が重なると、入居可能な物件が見つかりにくくなります。
- 子どもの教育環境: 転校による適応問題、地域の学校や学習支援に関する情報不足、放課後活動などの資源格差が、子どもの学習機会や成長に影響を与える可能性があります。
- 雇用機会の探索: 地域ごとの産業構造や雇用慣行の違いにより、これまでの経験が活かせない、あるいは希望する職種が見つかりにくい場合があります。地域に特化した求人情報へのアクセスも課題となります。
移住と他の属性が重なる複合的困難(インターセクショナリティの事例)
見知らぬ土地への移住がもたらすこれらの困難は、個人の持つ他の属性と交わることで、さらに複雑な貧困の構造を生み出します。具体的な事例をいくつかご紹介します。
- 事例1:地方から都市部へ移住したシングルマザー
- 移住による情報の壁、頼れる人の不在に加え、シングルマザーであることによる育児と仕事の両立の困難、女性であることによる労働市場での非正規雇用への偏り、年齢による体力的な問題などが重なります。都市部の保育園情報の入手の遅れや待機児童問題、地域に子育て支援のネットワークがないことなどが、孤立と貧困を深める要因となります。
- 事例2:地方から息子夫婦を頼って都市部へ移住した高齢者
- 見知らぬ土地での生活、それまでの友人関係の喪失による孤立に加え、高齢であることによる健康問題、新しい地域での医療・介護サービス情報の入手の難しさ、デジタルデバイドによる行政手続きや情報アクセスへの困難などが重なります。息子夫婦のサポートが得られない状況や、地域コミュニティへの参加機会がないことが、閉じこもりや生活困窮、健康状態の悪化につながることがあります。
- 事例3:大学卒業後、地方から都市部へ移住してフリーランスとして働く若者
- 移住による地域情報・社会関係資本の不足に加え、フリーランスという不安定な働き方による収入変動、若年層であることによる社会経験の不足、一人暮らしによる経済的・精神的負担などが重なります。体調を崩してもすぐに頼れる人がいない、行政サービスに関する情報に疎い、相談できる相手がおらずメンタルヘルスの不調に陥りやすいといった状況が、貧困状態から抜け出すことを困難にします。
これらの事例からわかるように、移住という一つの状況が、性別、年齢、家族形態、働き方、健康状態、情報アクセス能力といった多様な要素と複雑に絡み合い、貧困という困難を多角的に、そして深刻にしていきます。
インターセクショナリティの視点を持つことの重要性
見知らぬ土地へ移住してきた人々への支援において、インターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。
- 複合的な困難の見落としを防ぐ: 単に「経済的に困窮している」と捉えるだけでなく、「移住」という文脈が、その人の性別や年齢、健康状態などとどう組み合わさって現在の困難を生み出しているのかを理解することで、見落とされがちな問題(例:地域情報の不足による制度利用の遅れ、孤立による精神的な負担など)を発見できます。
- ニーズに即した包括的な支援設計: 表面的な問題だけでなく、その背景にある複合的な要因を把握することで、一人ひとりの状況に合わせたテーラーメイドの支援プランを立てることができます。単なる金銭的支援だけでなく、地域情報の提供、地域住民との交流機会の創出、相談体制の強化、専門機関への連携など、多角的なアプローチが可能になります。
- 他者への説明・啓発: インターセクショナリティの視点を用いることで、「なぜこの人はこんなに困っているのか」という複雑な状況を、構造として分かりやすく説明することができます。これにより、支援の必要性に対する周囲の理解を得やすくなり、より効果的な協働や社会全体の意識変革につながります。例えば、「この人は、女性であること、シングルマザーであること、そして見知らぬ土地へ移住してきたことが重なることで、慣れた土地のシングルマザーよりも地域制度の利用や再就職が難しく、より深刻な貧困に陥りやすい構造にある」といった説明が可能になります。
他者に概念を説明するためのヒント
インターセクショナリティ、特に移住と貧困の関係性を他者に説明する際は、以下の点を意識すると伝わりやすくなります。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な概念から説明するのではなく、「例えば、〇〇さんのようなケースでは…」と具体的な人物像や状況を描写することで、聞き手は自分事として捉えやすくなります。
- 「単なるAだけでなく、BやCが重なるとどうなるか」を強調: 問題が単一ではないことを明確に示し、複数の要因が交わることで困難が増幅されるイメージを伝えます。「貧困だけでなく、そこに『慣れない土地』という状況が加わり、さらに『頼れる人がいない』『必要な情報が手に入りにくい』といった壁ができることで、問題はより解決しづらくなるのです」のように説明します。
- 図やイラストを用いる: 複数の円が重なり合うような図や、積み重なったブロックのようなイラストを用いて、概念を視覚的に表現することも有効です。
- 聞き手の経験と結びつける: もし聞き手が移住経験があれば、その際の苦労や戸惑いを尋ね、「それがさらに経済的な困難や健康問題と重なったらどうなるか想像してみてください」と問いかけるなど、共感を促す工夫も効果的です。
まとめ
見知らぬ土地への移住は、それ自体が困難を伴う状況ですが、個人の多様な属性や置かれた状況と交差することで、貧困という困難をより複雑で深刻なものにします。インターセクショナリティの視点を持つことは、このような複合的な困難の構造を理解し、見落としのない、より効果的で人間中心的な支援を行うために不可欠です。
支援現場で日々奮闘されている皆さまが、この視点を通じて、支援対象者の抱える課題をより深く理解し、多角的なアプローチを模索するための一助となれば幸いです。そして、この構造を他者に分かりやすく伝え、社会全体の理解を広げていくことの重要性を改めて認識していただければと思います。