中高年失業が深める貧困:年齢、スキル、健康、家族…重なる困難の構造をインターセクショナリティで読み解く
中高年失業がもたらす、見えにくい複合的な困難
貧困問題の支援に携わる現場では、失業がその人の困難の全てではないことを実感されているかもしれません。特に中高年の方々が失業した場合、それは単に職を失うというだけでなく、様々な要因が複雑に絡み合い、貧困を一層深刻なものにする場合があります。
例えば、失業した中高年の方が、同時に健康問題を抱えていたり、親の介護や子どもの教育費負担があったり、過去の経験から新たなスキル習得に抵抗があったりする場合、再就職への道のりは極めて困難になります。これらの問題は単独で存在するのではなく、互いに影響し合い、その人の状況をより脆弱にしていきます。
このような複数の困難が交差する構造を理解する上で有効なのが、「インターセクショナリティ」という視点です。
インターセクショナリティとは
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、年齢、障害の有無、健康状態、地域など、様々な属性や状況が単独で存在するのではなく、互いに交差(インターセクト)し合うことで、その人が経験する差別や抑圧、困難が単なる足し算ではなく、複合的かつ深刻なものになるという考え方です。
例えば、「女性」であることと「高齢者」であること、「非正規雇用」であることが交差すると、単にそれぞれの困難を抱えるよりも、より深刻な貧困や社会からの孤立に直面する可能性が高まります。それぞれの属性や状況が持つ脆弱性が、交差することで増幅されるイメージです。
この視点を持つことで、困難を抱える人々を画一的に捉えるのではなく、一人ひとりがどのような属性や状況の交差点に立っているのかを理解し、その人に固有の複合的な困難を把握することができます。
中高年失業と貧困におけるインターセクショナリティ
中高年失業者が直面する貧困の背後には、しばしば複数の要因の交差が見られます。ここでは、中高年という「年齢」に、他の要素がどのように交差して困難を深めるのかを見ていきましょう。
- 年齢 × スキル格差: 中高年という年齢は、特にデジタル化が進む現代において、最新のスキルや知識の不足と結びつきやすい傾向があります。長年特定の業界や職種で培った経験が、必ずしも他の分野で活かせるとは限らず、新しいスキル習得の機会や情報へのアクセスが限られている場合、再就職の選択肢が狭まり、貧困のリスクが高まります。
- 年齢 × 健康問題: 加齢に伴う健康上の問題(持病、体力の低下、精神的な不調など)は、中高年が直面しやすい困難の一つです。失業によるストレスが健康状態を悪化させることもあります。健康問題と失業が交差することで、長時間の労働が難しくなったり、特定の職種への応募を諦めざるを得なくなったりと、就職活動そのものが困難になります。
- 年齢 × 家族構成・責任: 中高年の多くは、子どもの教育費や住宅ローン、あるいは親の介護といった家族に対する責任を負っています。失業によって収入が途絶えると、これらの経済的・時間的な負担がより重くのしかかります。介護責任があるために勤務時間や場所に制約が生じ、再就職の機会を逃すといったように、家族の状況が失業と交差して困難を深めるケースは少なくありません。
- 年齢 × 地域: 地方に住む中高年の場合、都市部に比べて求人数が少なく、特定の産業に依存している地域では産業構造の変化の影響をより強く受けます。年齢による就職の難しさに加え、地域の産業や雇用状況の悪さが交差することで、希望する職種での再就職が極めて困難になり、低賃金の仕事に就かざるを得ない、あるいは長期失業から抜け出せないといった状況に陥りやすくなります。
これらの要素は単独で作用するのではなく、「高齢の親を介護しているため、就職活動に時間をかけられない上に、そのストレスで自身の体調も優れない。さらに、長年同じ会社で専門的な仕事をしてきたため、現在の求人ニーズに合うスキルがなく、新しいスキルを学ぶ時間も体力もない」といったように、複雑に絡み合い、再就職や経済的自立への道を何重にも閉ざしてしまうのです。
具体的な事例から見る複合的困難
例えば、50代で製造業の会社をリストラされたAさんのケースを考えてみましょう。 AさんはこれまでPCをほとんど使ったことがなく、事務職への応募をためらっています(年齢×スキル)。また、少し前に心臓病を患い、長時間の立ち仕事や肉体労働は難しい状況です(年齢×健康問題)。さらに、地元の地方都市に住んでおり、近くに働く場所が限られています(年齢×地域)。加えて、遠方に住む高齢の母親の介護が必要になり、定期的に実家に帰る必要があるため、フルタイムでの勤務が難しいと考えています(年齢×家族構成・責任)。
このように、Aさんの困難は単に「失業」という一点にあるのではなく、「中高年」「スキル不足」「健康問題」「地域」「介護責任」といった複数の要素が重なり合い、再就職を極めて困難にしています。ハローワークで紹介される求人はAさんの状況に合わないものが多く、個別の支援策(スキル訓練、健康相談、介護サービス情報提供など)も、これらの要素が複合的に絡み合っているため、単体では十分な効果を発揮しにくい状況です。
NPO活動におけるインターセクショナリティの重要性
貧困問題に取り組むNPOの現場では、インターセクショナリティの視点を持つことが、支援の質を高める上で極めて重要です。
この視点があることで、支援対象者の抱える困難を「失業」「借金」「病気」といった単一の原因に還元せず、その背景にある年齢、性別、地域、健康状態、家族構成、過去の経験など、様々な要因の交差を捉えることができます。
- 複雑なニーズの理解: 単に求職活動を支援するだけでなく、健康状態の把握、家族の介護状況の確認、デジタルスキル習得の機会提供、地域の情報提供など、多角的なアプローチの必要性に気づくことができます。
- 個別最適化された支援: 一人ひとりのインターセクショナリティを理解することで、画一的なプログラムではなく、その人に最も必要な支援を組み合わせた、きめ細やかな個別支援プランを立てることが可能になります。
- 多機関連携の促進: 自身の団体だけでは対応できない複合的なニーズに対し、医療機関、介護サービス、行政の専門部署、他の支援団体など、多様な機関との連携が必要であることを認識し、つなぎ役としての役割を果たすことができます。
他者に伝えるためのヒント
インターセクショナリティの概念や、それによって生じる複合的な困難の構造を他者(同僚、ボランティア、支援対象者、行政担当者など)に伝える際は、抽象的な説明だけでなく、具体的な事例を用いることが非常に有効です。
先述のAさんのような架空、あるいは実際に支援した事例(個人情報に配慮した上で)を紹介し、「Aさんの困難は失業だけではなく、スキル、健康、地域、家族といった複数の壁が同時に立ちはだかっているからこそ、これほど再就職が難しいのです」といったように説明することで、概念の持つ意味や現場でのリアリティが伝わりやすくなります。
また、単一の原因に焦点を当てる支援では限界があることを指摘し、複合的な視点から包括的な支援が必要であることの重要性を強調することも大切です。図やグラフを用いて、複数の要素が重なり合う様子を視覚的に示すことも、理解を助ける工夫となるでしょう。
まとめ
中高年失業者が直面する貧困は、しばしば年齢に加えて、スキル、健康、家族、地域など、様々な要因が交差することで一層深刻化します。インターセクショナリティの視点を持つことで、これらの複合的な困難の構造を読み解き、一人ひとりの複雑なニーズを深く理解することができます。
この視点は、貧困支援の現場において、支援対象者の状況を多角的に捉え、より効果的で包括的な支援へと繋がる重要な羅針盤となります。ぜひ、日々の活動の中でインターセクショナリティの視点を意識し、支援の質を高めていくことを目指してください。そして、この複雑な現実を多くの人と共有し、社会全体の理解を深めていくことも、より包摂的な社会を築くために不可欠な一歩となるでしょう。