ライフステージの変化と貧困:年齢、家族、社会状況…重なる困難をインターセクショナリティで読み解く
ライフステージの変化がもたらす複合的な貧困リスク
貧困問題に取り組む現場では、支援対象者の方が、人生の節目や予期せぬ出来事をきっかけに経済的な困難に直面されるケースが多く見られます。結婚、出産、育児、子の独立、離別、死別、病気、介護、そして退職。これらのライフステージの変化は、誰にでも起こりうるものですが、特定の属性を持つ人々にとっては、貧困へと繋がる大きなリスクとなり得ます。
なぜ、同じライフステージの変化でも、直面する困難の度合いが異なるのでしょうか。そこには、性別、年齢、健康状態、教育歴、地域、家族構成、雇用形態といった様々な属性が複雑に交差する構造が存在します。この構造を理解するために有効なのが、「インターセクショナリティ」の視点です。
インターセクショナリティとは何か?ライフステージとの関連
インターセクショナリティは、人々の経験する差別や不利益が、単一の属性(例:性別のみ、人種のみ)によってのみ規定されるのではなく、複数の属性(例:女性であると同時に低所得者である、高齢であると同時に障害があるなど)が交差することによって、より複雑で固有の困難が生じるという考え方です。
この視点をライフステージの変化に当てはめて考えてみましょう。
- 出産・育児: 出産や育児は新たな家族を築く喜びをもたらす一方で、特に非正規雇用の女性にとっては、収入の中断やキャリアの継続が困難になるリスクを高めます。もし加えて、実家からの支援が期待できない地方に住んでいたり、パートナーからのサポートが得られなかったりすれば、経済的な脆弱性はさらに増します。性別、雇用形態、地域、家族構成といった複数の要素が重なり、貧困リスクが高まる典型例です。
- 離別・死別: シングルペアレント、特にシングルマザーが経済的な困難に直面しやすいことは広く知られています。これは、性別役割分業の影響による女性の低賃金、非正規雇用の割合の高さに加え、一人で子育ての責任を負うことによる就労時間の制約、社会からの孤立などが重なるためです。もし加えて、親の介護が必要になったり、自身の健康を損なったりすれば、さらに状況は厳しくなります。年齢、性別、家族構成、健康状態、介護責任といった複数の属性や状況が交差します。
- 退職: 高齢期の貧困も深刻な問題です。年金制度における性別間の格差は、長年の非正規雇用やキャリア中断を経験してきた女性に特に不利に働きます。また、退職後に病気や障害を抱えたり、パートナーを亡くして一人になったり、住み慣れた地域で孤立したりすることで、経済的な困難だけでなく、様々な生活上の困難が複合的に生じます。年齢、性別、健康状態、家族構成、地域、社会との繋がりといった複数の要素が影響します。
現場でインターセクショナリティの視点を持つことの重要性
貧困問題の支援現場で、このインターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。支援対象者が直面する困難が、単に「失業したから」や「一人親だから」といった単一の原因だけでなく、その人の持つ多様な属性とライフイベントが複雑に絡み合って生じていることを理解することで、より本質的で包括的な支援が可能になります。
例えば、退職後の高齢男性への支援を考えてみましょう。もし彼が過去にアルコール依存症を経験しており、地域での人間関係も希薄である場合、単に経済的な支援だけでなく、依存症からの回復支援、孤立を防ぐためのコミュニティ参加の促進、健康管理のサポートなど、複数の側面からのアプローチが必要です。彼の「高齢」「男性」「依存症経験」「地域からの孤立」といった属性が交差することで生じる、固有の困難を捉えなければ、効果的な支援はできません。
この視点を持つことで、以下のようなメリットが生まれます。
- 課題の多角的理解: 目に見える経済的困難だけでなく、その背景にある構造的な問題や、複数の要因が重なることで生じる固有の脆弱性を深く理解できます。
- 個別のニーズに応じた支援: 画一的なプログラムではなく、一人ひとりの複雑な状況に応じた、よりきめ細やかな支援計画を立てられます。
- エンパワメント: 支援対象者自身が、自身の困難が個人的な問題だけでなく、社会構造や複数の要因の重なりによって生じていることを理解する手助けとなり、自己肯定感や主体的な問題解決への意欲に繋がる場合があります。
- 社会への働きかけ: 支援現場で見えてくる複合的な困難の事例を積み重ねることで、より包括的で、特定の属性を持つ人々がライフステージの変化に際して脆弱にならないような社会制度や仕組みづくりに向けた提言を行う際の根拠となります。
他者に概念を説明するためのヒント
支援現場の同僚や、関心を持つ一般の方にインターセクショナリティの視点を伝える際には、抽象的な概念論に終始するのではなく、具体的な事例を用いることが最も効果的です。
- 身近な事例から入る: 支援対象者の事例(プライバシーに配慮しつつ)や、ニュースなどで報じられる社会問題を取り上げ、「この人がなぜこれほど困難を抱えているのか、性別だけ、年齢だけでは説明できない部分がある」と問いかけることから始めます。
- 属性を「重ねる」イメージ: 性別、年齢、地域、健康…といった属性が透明なシートのように何枚も重なり合い、その交差点にいる人に固有の困難が生じる、といったイメージを伝えるのも有効です。
- 「もし〇〇だったら?」と考える: 「もしこの人が女性ではなく男性だったら?」「もしこの人が都市部ではなく地方に住んでいたら?」など、属性の一つを仮に変更してみることで、困難の様相がどう変わるかを共に考えるワークショップ形式なども考えられます。
まとめ
ライフステージの変化は、全ての人に関わる普遍的な出来事ですが、その際に個人が直面する困難は、その人の持つ様々な属性と社会構造が複雑に交差する中で生じます。インターセクショナリティの視点を通じて、この重層的な困難の構造を理解することは、貧困問題に取り組む上で不可欠です。
この視点を持つことは、支援対象者の困難をより深く理解し、個別のニーズに応じた効果的な支援を行うための基盤となります。そして、現場で得られた知見は、より公正でインクルーシブな社会を構築するための重要な示唆を与えてくれるはずです。
私たちが目指すのは、誰もがライフステージの変化を安心して迎えられる社会です。そのためには、特定の属性ゆえに脆弱性が高まる構造を理解し、それに対する多角的なアプローチを続けていくことが求められています。