重なる差別の構造を理解する

司法アクセス困難が深める貧困:法的な壁と重なり合う見えない困難

Tags: 貧困, インターセクショナリティ, 司法アクセス, 法的支援, NPO活動

現場で感じられる「法的な壁」の重み

貧困問題に関わる中で、支援対象者が経済的な困難だけでなく、様々な「壁」に直面していることを感じていらっしゃるかもしれません。例えば、契約トラブル、相続の問題、労働に関する紛争、あるいは行政の手続きの複雑さなど、法的な事柄が生活を圧迫している状況を目にすることもあるでしょう。

こうした法的な問題への対応は、専門的な知識や煩雑な手続きが伴うため、多くの人にとって容易ではありません。特に、すでに経済的な困難を抱えている方々にとっては、そのハードルはさらに高くなります。そして、この「法的な壁」や「司法へのアクセスの困難」は、単独で存在するのではなく、その方が持つ他の様々な属性と重なり合うことで、より深刻な困難として立ち現れてくることがあります。

この記事では、「法的な壁」や「司法アクセス困難」がどのように貧困を深めるのか、そしてそれが他の属性と重なり合うことで生じる複合的な困難を、インターセクショナリティの視点から読み解いていきます。

インターセクショナリティと「法的な壁」

インターセクショナリティは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢など、様々な社会的な属性が交差することで生じる、独自の差別や抑圧の構造を理解するための視点です。この視点を「法的な壁」に当てはめてみると、次のようなことが見えてきます。

法的な問題への対応や司法へのアクセスは、一般的に以下のような要素によって困難さが増します。

これらの困難は、誰もが経験しうるものですが、特定の属性を持つ人々にとって、これらの困難が複合的に重なり合い、司法アクセスが極めて困難になる状況が生じます。

重なり合う属性と司法アクセスの困難:具体的な事例から

いくつかの具体的な事例を通して、法的な壁が他の属性とどのように重なり、貧困を深めるのかを見てみましょう。

これらの事例からわかるように、「法的な壁」は単なる手続きや費用の問題にとどまらず、個人の年齢、健康状態、教育歴、言語能力、家族構成、社会的な繋がりといった様々な要素と絡み合い、その困難さを増幅させます。そして、法的な問題が適切に解決されないことは、経済的な損失に直結し、貧困状態をさらに深刻化させる要因となるのです。

司法アクセス困難が貧困を深めるメカニズム

司法アクセスが困難であることは、具体的にどのように貧困を深めるのでしょうか。

  1. 権利行使の機会損失: 不当な解雇や契約違反、悪質な商行為による被害など、法的に権利が認められている場面であっても、法的な手続きを踏めないためにその権利を行使できず、経済的な損失を被ります。
  2. 必要な制度からの排除: 生活保護や各種給付金など、貧困から抜け出すために必要な公的支援制度の利用には、しばしば複雑な申請手続きや立証が伴います。法的な情報理解力や手続き遂行能力が低いと、こうした制度から事実上排除され、セーフティネットから漏れてしまいます。
  3. 借金や債務の悪化: 相続放棄や自己破産など、経済的な破綻を防ぐための法的な手続きが遅れたりできなかったりすることで、借金が雪だるま式に増え、経済状況が取り返しのつかないほど悪化することがあります。
  4. 精神的負担と生活の停滞: 法的なトラブルを抱え続けることは、多大な精神的ストレスとなります。これが健康を害したり、就労意欲を削いだりすることで、生活再建に向けた一歩を踏み出すことを妨げます。

NPO活動にインターセクショナリティの視点を取り入れる

貧困問題に取り組むNPOとして、インターセクショナリティの視点を持って「法的な壁」を捉えることは、支援の質を高める上で非常に重要です。

他者に伝える際のヒント

インターセクショナリティの視点から「法的な壁と貧困の重なり」を他者に伝える際には、以下の点を意識すると良いでしょう。

  1. 具体的な事例から入る: 抽象的な概念の説明だけでなく、支援現場で見聞きした具体的な事例(個人が特定されない範囲で)を交えることで、聞き手は問題を自分事として捉えやすくなります。「高齢でスマホが使えない方が、複雑なオンライン手続きが必要な給付金申請ができなかった事例があって…」のように語りかけると、より伝わりやすいでしょう。
  2. 「壁」を見える化する: 法的な手続きのフローを図示したり、必要な書類の多さを示したりするなど、抽象的な「壁」を視覚的に、あるいは具体的な作業量として提示する工夫も有効です。
  3. 「なぜ」を掘り下げる: 単に「この人は困っている」だけでなく、「なぜこの人は困っているのか?」、「この困難の背景には何があるのか?」と問いかけ、複数の要因(経済、情報、健康、属性など)の重なりが問題の深刻さを増している構造を説明します。
  4. 「もし自分だったら」と問いかける: 聞き手に「もし自分が同じような状況(例えば、病気で動けない、言葉が通じないなど)だったら、この複雑な手続きを一人でできますか?」と問いかけることで、困難の大きさを想像してもらうきっかけを作ります。

まとめ

貧困は、単に収入が低いという経済的な問題だけではありません。生活を立て直すために必要な法的な手続きや司法へのアクセスが困難であること、そしてその困難が個人の様々な属性(年齢、健康、教育、言語、社会的繋がりなど)と重なり合うことで、貧困はさらに複雑化し、固定化されていきます。

インターセクショナリティの視点を持つことは、この見えにくい「法的な壁」が、いかに貧困を深める構造の一部となっているかを理解する上で不可欠です。支援現場において、この視点をもって相談者の状況を丁寧に紐解くこと、そして必要な法的な支援や情報へのアクセスを繋ぐことは、貧困からの脱却に向けた重要な一歩となります。

この記事が、皆様の活動の視点を広げ、支援の対象者が直面する複合的な困難への理解を深める一助となれば幸いです。