重なる差別の構造を理解する

見えない履歴が深める貧困:精神疾患経験、入院・支援利用歴…重なる困難の構造

Tags: 貧困, インターセクショナリティ, 精神疾患, スティグマ, 社会復帰, 支援

支援現場で見え隠れする「過去の履歴」と貧困

貧困問題の支援に携わる中で、支援対象者の方が抱える困難が、単に収入が低いという経済的な問題だけではないと感じることは多いのではないでしょうか。性別、年齢、学歴、出身地域、健康状態など、様々な要因が絡み合い、状況をより複雑で困難なものにしています。

さらに、こうした目に見えやすい属性だけでなく、過去の特定の経験や「履歴」が、本人の意思にかかわらず社会的な評価や機会に影響を与え、貧困状態を深めているケースがあります。特に、過去の精神疾患の経験や、特定の支援機関(例えば精神科病院、更生保護施設、生活困窮者自立支援施設など)の利用歴といった、いわば「見えない履歴」が、他の属性と交差することで生まれる複合的な困難は、見過ごされがちです。

この記事では、インターセクショナリティ(交差性)の視点から、こうした「見えない履歴」が貧困とどのように結びつき、どのような構造的な困難を生み出すのかを解説します。そして、この視点を持つことが、なぜ貧困問題の支援において重要なのか、具体的な事例を交えながら考えていきます。

インターセクショナリティで理解する「見えない履歴」がもたらす困難

インターセクショナリティは、性別、人種、階級といった複数の差別や抑圧の要因が、それぞれ独立して存在するのではなく、互いに交差・連結することで、特定の個人や集団に対して独自の、より重層的な困難を生み出すという考え方です。

この視点を「見えない履歴」に当てはめてみましょう。例えば、過去に精神疾患の治療のために入院歴があるという「履歴」は、それ自体が直接貧困の原因になるわけではありません。しかし、この「履歴」が、他の属性(例:非正規雇用、中高年、地方在住、低い教育水準など)と交差すると、特有の困難が生じやすくなります。

このように、「見えない履歴」は、時にスティグマや偏見、差別の対象となり、他の属性が持つ脆弱性を増幅させたり、新たな困難を生み出したりします。結果として、就労機会の損失、社会からの孤立、公的支援へのアクセス困難といった問題が重なり、貧困状態からの脱却を一層困難にする構造が生まれるのです。

貧困支援における「見えない履歴」への視点

貧困問題に取り組むNPOや支援者にとって、この「見えない履歴」がもたらす複合的な困難を理解することは、支援の質を高める上で不可欠です。

  1. 表面的な問題の奥にある構造を見る: 支援対象者の「働けない」「地域に馴染めない」「申請ができない」といった表面的な問題の背後に、過去の特定の履歴やそれに伴うスティグマ、そしてそれが他の属性と交差している構造がある可能性に気づくことが重要です。単なるスキル不足や情報不足として片付けるのではなく、なぜスキル習得や情報アクセスが阻害されているのか、その根深い原因を探る視点が求められます。

  2. スティグマや偏見への配慮: 「見えない履歴」の多くは、社会的なスティグマと結びついています。支援の過程で、支援対象者が過去の経験について語る際には、非難や偏見のない安全な場を提供することが重要です。また、就労支援などで企業と連携する際には、履歴に関する情報の取り扱いについて、本人と丁寧に確認し、不当な差別につながらないよう配慮が必要です。

  3. 多角的な支援連携の必要性: 「見えない履歴」がもたらす困難は、就労、住居、医療、福祉、地域とのつながりなど、多様な側面に及びます。経済的な支援だけでなく、精神的なサポート、社会的スキルの訓練、履歴に伴う法的・制度的な課題への対応など、幅広い専門機関との連携が不可欠です。例えば、過去の入院歴が医療費助成の申請に影響していないか、特定の履歴が身元保証の壁につながっていないかなど、複雑な制度の狭間にある困難に気づく視点を持つ必要があります。

  4. 本人へのエンパワメント: 「見えない履歴」による困難は、本人の自己肯定感を低下させたり、社会参加を諦めさせたりすることがあります。支援を通じて、本人が自身の経験を否定的に捉えすぎず、乗り越えてきた力や可能性に目を向けられるよう働きかけることも重要です。過去の経験が開示されることで不利益を被る状況を変えるためには、社会全体への働きかけも視野に入れる必要があります。

他者に説明する際のヒント

「見えない履歴」と貧困の関連性や、インターセクショナリティの考え方を他者(同僚、ボランティア、市民など)に伝える際には、以下のような点を意識すると良いでしょう。

まとめ

貧困は、単一の原因で発生するのではなく、様々な要因が複雑に絡み合って生じる社会的な問題です。特に、過去の精神疾患経験や特定の支援利用歴といった「見えない履歴」は、他の属性と交差することで、見過ごされがちな、しかし深刻な困難を貧困状態にある人々に強いる構造を生み出しています。

インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちはこの複雑な構造をより深く理解し、支援対象者が直面する真の困難に寄り添うことができるようになります。単なる経済的な支援にとどまらず、履歴にまつわるスティグマや社会的排除といった問題にも目を向け、多角的なアプローチで支援を組み立てていくことが、貧困状態からの脱却を支援し、誰もが社会の中で居場所を見つけられるための重要な一歩となるでしょう。