ホームレス状態とインターセクショナリティ:貧困と重なり合う見えない困難の構造
ホームレス状態に潜む、複数の困難の絡み合い
貧困問題の支援に携わる中で、私たちは支援対象者が抱える困難が、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていることに気づかされる場面が少なくありません。特に、ホームレス状態にある人々への支援においては、経済的な困窮だけでなく、様々な個人的、社会的な背景が影響していることが痛感されます。
なぜ、特定の個人がホームレス状態に陥り、そこから抜け出すことが難しくなるのでしょうか?単に「仕事がないから」「怠けているから」といった単純な理由で片付けられるものではありません。そこには、性別、年齢、健康状態、病歴、障害の有無、精神的な健康状態、過去の経験(虐待やトラウマなど)、家族との関係、地域とのつながり、行政サービスへのアクセス経験など、実に多くの要因が重なり合っています。
このような、複数の属性や状況が交差することによって生じる複合的な困難を理解するための視点として、「インターセクショナリティ」が非常に有効です。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティ(Intersectionality)とは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢といった様々な社会的な属性やアイデンティティが互いに交差し、それが差別や抑圧、あるいは特権が経験されるあり方に影響を与える、という考え方です。それぞれの属性が単独で存在するのではなく、組み合わさることで、特有の、あるいはより深刻な困難や不利益を生み出す構造を明らかにします。
例えば、「女性であること」による困難と、「貧困であること」による困難はそれぞれ存在しますが、「貧困状態にある女性」は、その両方が交差することで、どちらか一方の属性だけを持つ人とは異なる、より複雑な困難に直面することがあります。インターセクショナリティの視点は、このように複数の要因が重なり合うことで生まれる「見えにくい困難」や「構造的な不利益」に光を当てます。
ホームレス状態をインターセクショナリティの視点から見る
ホームレス状態にある人々が直面する困難は、まさにインターセクショナリティによって読み解くことができます。単に「住居がない」という経済的な問題としてだけでなく、そこに至る過程や、状態から抜け出すことを阻む要因に、以下のような複数の要素が複雑に絡み合っているケースが多く見られます。
- 経済的困窮と失業: これは直接的な要因ですが、なぜ経済的困窮に陥ったのか、なぜ仕事に就くことが難しいのかの背景には、様々な要因があります。
- 健康問題・病気・障害: 慢性疾患、精神疾患、知的障害、身体障害などが、就労を困難にしたり、医療費の負担を増やしたり、適切な支援へのアクセスを阻んだりすることがあります。病気や障害があることが、さらに貧困を深める可能性があります。
- 年齢: 高齢であることは、再就職の困難さや体力の衰えと結びつき、ホームレス状態からの脱却を難しくします。逆に若年層であっても、社会経験の不足や教育機会の制約が複合的な困難を生むことがあります。
- 精神的な健康状態: うつ病、統合失調症、依存症などが、社会生活を送る上での障壁となったり、人間関係の構築や維持を困難にしたりします。精神的な問題が、経済的な困窮や孤立を深める要因となることがあります。
- 過去の経験: 児童期の虐待、DV(ドメスティック・バイオレンス)、被災経験、刑務所での服役経験などが、トラウマや社会への適応困難を引き起こし、安定した生活を送ることを阻む要因となることがあります。
- 人間関係・社会とのつながり: 家族や友人との関係性の希薄さ、地域社会からの孤立は、精神的な支えを奪い、困窮した際に頼れる先がない状況を生み出します。
- 行政サービスへのアクセス: 制度を知らない、申請方法が分からない、役所に相談することへの抵抗感、あるいは特定の属性(例:住所不定であること)がサービスの利用を難しくすることがあります。
これらの要因は単独で存在するのではなく、多くの場合、いくつもが重なり合って影響しあっています。例えば、「持病を抱える高齢男性」が職を失った場合、年齢による再就職の困難さに加え、持病による体調不良が活動を制限し、さらに社会的に孤立しているために相談できる相手もいない、といった状況が考えられます。このケースでは、「高齢」「男性」「持病」「社会的孤立」といった複数の要素が重なり、単なる失業以上の深刻な困難を生み出しています。
支援現場への示唆:多角的な視点の重要性
インターセクショナリティの視点を持つことは、ホームレス状態にある人々への支援において不可欠です。この視点を持つことで、以下のような変化が生まれます。
- 個別のニーズの正確な把握: 表面的な「住まいがない」という問題だけでなく、その背景にある健康状態、精神的な課題、過去の経験、社会的なつながりの状況など、複合的な要因を丁寧に聞き取り、理解しようと努めることができます。
- 多角的な支援計画の設計: 単に住居を提供するだけでなく、医療や福祉、精神的なケア、就労支援、人間関係の再構築支援など、複数の側面からのアプローチが必要であることが明確になります。
- 他機関との連携強化: 支援対象者の抱える問題が多岐にわたることを認識することで、医療機関、精神保健福祉センター、ハローワーク、地域のボランティア団体など、様々な専門機関との連携の必要性をより強く認識し、実践することができます。
- 見えにくい困難への対応: 例えば、性別や性的指向、障害などが原因で見えにくい差別や偏見に苦しんでいる可能性にも気づき、それに対応した配慮や支援を行うことができます。
他者に伝えるためのヒント
インターセクショナリティという概念は少し難しく聞こえるかもしれませんが、ホームレス状態にある人々の事例を通して説明することで、より具体的に伝えることができます。
- 具体的な事例を用いる: 「Aさんは〇〇という状況に加え、△△という困難も抱えており、そのため通常の支援だけではうまくいきにくいのです」のように、実際の(あるいは想定上の)ケースを交えながら話すことで、概念の抽象性が和らぎます。
- 「重なり合い」や「掛け算」のイメージを伝える: 困難が単に足し算されるのではなく、掛け算のように増幅されたり、全く新しい種類の困難が生じたりすることを、図や例えを用いて説明するのも有効です。
- 一方的な原因論を避ける: ホームレス状態にあることを特定の個人の問題として片付けるのではなく、社会構造や複数の要因が絡み合った結果であることを強調します。
まとめ
ホームレス状態は、単なる経済的な困窮にとどまらず、健康、年齢、社会的孤立、過去の経験など、様々な要因が複雑に絡み合った結果として現れる現象です。インターセクショナリティの視点を持つことで、これらの複数の困難がどのように重なり合い、個人の生活を困難にしているのかを深く理解することができます。
この視点は、支援の現場において、一人ひとりが抱える複合的なニーズを正確に捉え、より効果的で包括的な支援を設計するために不可欠です。インターセクショナリティを通じてホームレス状態の構造を理解することは、私たち自身の活動の視点を広げ、支援の質を高めるだけでなく、この問題に関心を持つ他の人々にその複雑性を正確に伝えるための重要な一歩となるでしょう。