貧困と地域格差:立地、インフラ、サービス…重なり合う困難の構造
貧困は「住んでいる場所」でどう変わるのか
貧困問題に日々取り組む中で、「支援対象者の困難は、単にお金がないというだけではない」と感じることは多いのではないでしょうか。そして、その困難の質や深刻さが、支援対象者が「どこに住んでいるか」によっても大きく異なることに気づかされることもあるかもしれません。
都市部の狭い地域に貧困層が集中する「空間的貧困」、地方の過疎地域で生活基盤そのものが脆弱化する問題など、貧困はしばしば地域固有の課題と深く結びついています。これらの地域格差は、個人の貧困をさらに深刻化させ、他の困難と重なり合うことで、より複雑な問題構造を生み出します。
本記事では、貧困と地域格差がどのように交差し、重なり合う困難を生み出すのかを、「インターセクショナリティ」の視点から読み解いていきます。そして、この視点がNPOなどの支援活動においてなぜ重要なのかについても考えていきます。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティ(交差性)とは、人種、性別、階級、性的指向、障害の有無、年齢、地域などの様々な社会的属性やアイデンティティが単独で存在するのではなく、互いに交差・連結し、個人の経験する差別や抑圧、あるいは特権のあり方を複雑に規定しているという考え方です。
たとえば、「女性である」ことによる困難と、「貧困状態にある」ことによる困難は、それぞれ単独でも存在し得ますが、「貧困状態にある女性」が直面する困難は、「貧困状態にある男性」や「貧困ではない女性」が直面する困難とは異なる場合があります。これは、「女性である」ことと「貧困状態にある」ことという二つの属性が交差することで、独自の差別や困難が生じるためです。
このインターセクショナリティの視点は、貧困問題を理解する上で非常に強力な枠組みとなります。特に、「地域」という属性が、他の様々な属性や置かれている状況とどのように交差し、貧困に影響を与えているのかを考える上で、この視点は欠かせません。
貧困と地域格差の交差がもたらす複合的な困難
地域格差は、単に「豊かな地域」と「貧しい地域」があるという単純な話ではありません。その地域に住む人々にとって、生活の基盤となる様々な要素の利用可能性に大きな差がある状態を指します。具体的には、以下のような要素が挙げられます。
- 地理的条件とインフラ: 交通手段(公共交通機関の有無、運行本数)、医療機関・福祉施設へのアクセス、インターネット環境、買い物の便(いわゆる「買い物難民」問題)など。
- 産業構造と雇用機会: 地域経済の衰退による仕事の減少、特定の産業に偏った雇用形態(非正規雇用が多いなど)。
- 行政サービスと社会資源: 利用できる行政サービスの質と量、相談窓口の整備状況、NPOやボランティア団体の活動状況。
- コミュニティの特性: 地域住民同士のつながりの希薄化、孤立しやすい環境、文化的な慣習など。
これらの地域固有の課題は、個人の貧困状態と交差することで、以下のような複合的な困難を生み出します。
- 事例1:過疎地に住む高齢の単身女性
- 属性:「高齢」「単身」「女性」「過疎地居住」「貧困状態」
- 交差する困難:年金収入のみで貧困状態にあることに加え、過疎地であるために公共交通機関が乏しく、買い物や通院に苦労する。近くに家族がおらず、地域コミュニティも希薄なため孤立しやすく、体調を崩しても発見されにくい。女性であることで、長年非正規雇用で働き十分な年金がない場合が多いというジェンダー格差の影響も受けている可能性がある。貧困が、移動手段の不足や孤立という地域固有の問題によってさらに悪化している構造が見て取れます。
- 事例2:都市部の低家賃地域に住む非正規雇用の若年男性
- 属性:「若年」「男性」「非正規雇用」「都市部の特定地域居住」「貧困状態」
- 交差する困難:不安定な非正規雇用で貧困状態にあることに加え、家賃の安い地域は住環境が劣悪であったり、治安が悪かったりすることがあります。不安定な収入では、より良い地域への転居が難しく、劣悪な環境に留まらざるを得ません。また、その地域には適切な相談機関が少なく、インターネットカフェなどで寝泊まりしている場合は行政サービスの情報にもアクセスしづらいといった困難が重なることがあります。男性であることによる社会的な期待や孤立も影響しているかもしれません。貧困が、住んでいる場所の環境問題や情報アクセスの格差によって複雑化している構造が見て取れます。
これらの事例からわかるように、貧困は単に個人の収入だけの問題ではなく、「どこに住んでいるか」という地理的・環境的な要因と、年齢、性別、雇用形態といった他の属性が複雑に絡み合うことで、その現れ方や必要な支援のあり方が大きく変わってくるのです。
NPOの活動におけるインターセクショナリティと地域格差の視点
貧困問題に取り組むNPOや支援団体にとって、インターセクショナリティ、特に地域格差との交差という視点を持つことは非常に重要です。
- 支援ニーズの多様性を理解する:
- 同じ「貧困状態」であっても、住んでいる地域によって直面する具体的な困難(例:都市部なら住居の不安定さ、地方なら移動手段や医療アクセスの問題)が異なります。地域ごとの実態を深く理解することで、画一的なサービスではなく、その地域や個人の状況に合わせたきめ細やかな支援を提供できるようになります。
- 見過ごされがちな困難に光を当てる:
- 地域格差によって生じる困難(例:「買い物難民」が栄養状態を悪化させる、交通手段がないために就労機会を逃す)は、単なる貧困の症状として見過ごされがちです。インターセクショナリティの視点を持つことで、貧困と地域という二つが交差して生まれる特有の課題に気づき、それに対応する支援を開発できます。
- 地域資源との連携を強化する:
- 地域格差を克服するためには、行政だけでなく、地域の商店、住民同士のネットワーク、医療機関など、様々な地域資源との連携が不可欠です。地域の特性を理解し、そこに存在する資源をどう活用できるか、あるいは不足している資源をどう補うかという視点を持つことで、より効果的な支援ネットワークを構築できます。
この視点を他者に説明するために
インターセクショナリティ、特に地域格差と貧困の交差について他者に説明する際には、以下のようなポイントが役立つかもしれません。
- 具体的な「場所」を想像してもらう: 支援対象者が住んでいる地域や、ご自身の活動地域を例に挙げ、「この地域だと、〇〇(例:バスの本数が少ない、大きなスーパーがない)だから、生活がどうなりますか?」と問いかけることで、地域差が生活に与える具体的な影響を考えてもらう。
- 異なる地域に住む複数の事例を比較する: 例えば、都市部の事例と地方の事例を並べ、「同じ貧困でも、このように困難の中身が違うのはなぜでしょう?」と問いかけ、地域差という要素が持つ意味を浮き彫りにする。
- 「お金があれば解決するのか?」と問い直す: 貧困を「お金がないこと」と捉えがちですが、「お金があっても、近くに病院がなければ病気の治療は難しい」「お金があっても、移動手段がなければ働きに出られない」といった地域固有の問題を指摘することで、貧困が複合的な構造であることを説明する。
まとめ:地域に根差した支援のために
貧困は、個人の属性や置かれている状況に加え、「どこに住んでいるか」という地域的な要因とも深く交差しています。この地域格差という視点をインターセクショナリティの一部として捉え、貧困が地域固有の課題と結びつくことで生じる複合的な困難を理解することは、支援の現場で働く私たちにとって非常に重要です。
地域ごとのニーズを深く理解し、地域資源との連携を強化し、そして何よりも、支援対象者が直面する困難が、様々な属性と「住んでいる場所」が複雑に絡み合って生じていることを認識することで、私たちはより実効性のある、そしてその人らしい生き方を支える支援を提供できるようになるでしょう。インターセクショナリティの視点は、私たちの活動の幅を広げ、社会の複雑な課題に対する理解を深めるための強力なツールとなるのです。