フリーランス・ギグワーカーと貧困:働き方の変化と重なり合う困難の構造
多様な働き方の中に見える貧困の複雑さ
近年、働き方が多様化し、会社に雇用されないフリーランスやギグワーカーとして働く人々が増加しています。個人のスキルや時間を柔軟に活用できるこの働き方は、多くの可能性をもたらす一方で、新たな経済的課題や脆弱性も生み出しています。貧困問題に取り組む現場では、「不安定な収入」という表面的な困難だけでなく、個々の支援対象者が抱える他の事情が複雑に絡み合い、貧困をより深刻にしている状況に直面することも少なくありません。
単に「フリーランスだから収入が不安定」というだけでなく、その人の性別、年齢、健康状態、家族構成、居住地域などの様々な要素が、働き方の困難とどのように重なり、貧困へと追い込むのでしょうか。このような、複数の困難が交差して生まれる構造を理解するために有効な視点が「インターセクショナリティ」です。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティ(Intersectionality)とは、人種、性別、階級、性的指向、障害などの様々な属性やアイデンティティが単独で存在するのではなく、互いに交差・重なり合うことで、単一の属性だけでは捉えきれない複雑な差別や抑圧、あるいは特権が生じるという考え方です。
この視点を持つことで、例えば「女性」という属性による困難と「非正規雇用」という働き方による困難が、それぞれ単独で存在する以上に、重なり合うことでさらに深刻な経済的脆弱性を生み出すといった構造を理解できるようになります。フリーランス・ギグワーカーという働き方をインターセクショナリティの視点から読み解くことは、この新しい働き方における貧困がどのような構造を持っているのかを明らかにする上で重要です。
フリーランス・ギグワーカーという働き方の構造的脆弱性
フリーランスやギグワーカーは、特定の企業に継続的に雇用されるのではなく、案件ごとに契約を結んだり、オンラインプラットフォームを通じて単発の仕事を受注したりする働き方です。この働き方には、構造的な脆弱性がいくつか存在します。
- 不安定な収入: 受注量や単価が保証されず、収入が月によって大きく変動します。病気や怪我、取引先との関係悪化などが直接的に収入の途絶につながります。
- 社会保障の不足: 多くのフリーランスは、会社員のような雇用保険や厚生年金、労災保険などの社会保障制度の適用範囲外となります。国民年金や国民健康保険への加入は義務ですが、保障内容は手厚いとは言えません。
- 契約上の立場が弱い: 特にプラットフォームを介した働き方では、プラットフォーム事業者や発注者に対して個人的な交渉力が弱く、一方的な条件変更や報酬の未払いなどのリスクを抱えます。
- 経費の自己負担: 仕事に必要な機材購入、通信費、場所代、交通費、スキルアップのための学習費用などが自己負担となります。
- スキルアップ機会の確保: 自己責任でのスキルアップが必要ですが、収入が不安定な中で学習時間や費用を確保することは容易ではありません。
- 情報収集の壁: 労働法規、税金、社会保障制度など、自身に関わる重要な情報を自力で収集し、理解・手続きを行う必要がありますが、そのための情報へのアクセスやリテラシーに差があります。
これらの脆弱性は、誰もがフリーランスとして働く上で直面しうるものですが、個人の持つ特定の属性が加わることで、その困難はより複雑で深刻なものとなります。
インターセクショナリティが示す複合的困難の事例
フリーランス・ギグワーカーという働き方の脆弱性と、個人の多様な属性が交差することで、どのような複合的な困難が生まれるのか、具体的な事例を見ていきましょう。
- 性別 × フリーランス × 貧困:
- 女性がフリーランスとして働く場合、家事・育児・介護といった無償のケア労働の負担が、働き方や収入に大きく影響します。保育園のお迎え時間や家族の体調に合わせて仕事を選ばざるを得ず、時間単価の高い案件を受注しにくくなることがあります。また、出産や育児によるキャリアの中断が、復帰後の収入やスキルアップに影響することも少なくありません。企業でのジェンダー賃金格差と同様に、フリーランスの交渉においても性別による偏見や低評価に直面する可能性も指摘されています。
- 年齢 × フリーランス × 貧困:
- 高齢者がフリーランスとして働く場合、デジタルツールの利用に不慣れであったり、体力的な制約から長時間労働が難しかったりすることがあります。年齢による健康リスクも高まるため、病気や怪我による収入中断のリスクはより深刻です。一方で、若い世代のフリーランスは、経験や実績が不足していることから低単価の案件しか受けられず、生活費や学費、借金の返済に追われる中で、スキルアップのための投資や将来への備えができないといった困難に直面することがあります。
- 健康状態・障害 × フリーランス × 貧困:
- 持病があったり、障害を抱えていたりする方がフリーランスとして働く場合、体調の波によって安定した稼働が困難になることがあります。通院や治療のための時間・費用も必要ですが、会社員のような有給休暇や傷病手当がないため、収入が途絶えるリスクが高まります。必要な合理的配慮が得にくい環境で働くことも、困難を深める要因となります。
- 地域 × フリーランス × 貧困:
- 居住地域によって、フリーランス・ギグワーカーとして働きやすい環境には大きな差があります。地方では仕事の絶対数が少なかったり、単価が低かったりする場合があります。また、インターネット環境やコワーキングスペースなどのインフラの整備状況、専門家(税理士、弁護士など)へのアクセスのしやすさなども地域によって異なります。地域の社会的な繋がり(コネクション)の有無も、仕事の受注や孤立を防ぐ上で影響を与えることがあります。
- スキル・経験 × フリーランス × 貧困:
- 特定の専門性や高いスキルを持たないままフリーランスになった場合、競争が激しい分野や低単価の仕事に集中しやすく、経済的に困窮するリスクが高まります。スキルアップのための学習意欲があっても、それを実現するための時間、資金、情報、そして学習を継続できる環境が不足している場合、低収入から抜け出せない状況が固定化される可能性があります。
これらの事例は、特定の属性と「フリーランス・ギグワーカーであること」が重なり合うことで、単独では見えにくかった新たな脆弱性や困難が生じることを示しています。「単にフリーランスだから大変」なのではなく、「〇〇という属性を持つ人がフリーランスという働き方をすると、△△のような困難が加わり、より複雑で深刻な状況に陥りやすい」という構造が見えてきます。
NPO活動における視点活用と支援への示唆
貧困問題に取り組むNPOにとって、インターセクショナリティの視点は、多様な働き方をする人々の困難を理解し、より効果的な支援を行う上で不可欠です。
- 相談対応での活用: 支援対象者の話を傾聴する際に、表面的な経済的困難だけでなく、その人の持つ様々な属性(性別、年齢、健康状態、家族構成、出身など)と働き方(フリーランス、ギグワーカー、非正規雇用など)がどのように絡み合っているのかを意識的に捉えることが重要です。例えば、子育て中の女性フリーランスであれば、収入不安定だけでなく、保育の問題、体調管理、将来のキャリア不安などが複雑に絡み合っている可能性があります。
- 支援プログラムへの反映: フリーランス特有の課題(確定申告、契約、スキルアップなど)に関する情報提供や専門家への橋渡しと、生活困窮に対する従来の支援(食料支援、住宅支援、医療費支援など)を組み合わせたアプローチを検討する必要があります。フリーランス支援団体や専門家との連携も有効でしょう。
- 制度改善への提言: 多様な働き方が広がる現状に合わせて、社会保障制度や労働法制が見直されるよう、現場の実態に基づいた提言を行うことも重要です。フリーランス・ギグワーカーが孤立せず、必要な情報やサポートにアクセスできる社会インフラの整備も求められます。
他者に伝えるためのヒント
インターセクショナリティの概念や、それが多様な働き方の貧困とどのように結びついているのかを他者に説明する際には、抽象的な議論に終始せず、具体的な事例やストーリーを用いることが効果的です。
「インターセクショナリティとは〇〇です」という定義から入るよりも、「例えば、こんな働き方をしている人が、こういう状況を抱えていると、どんな困難があると思いますか?」と問いかけ、具体的な困難を挙げてもらいながら、「そうなんです。単に収入が不安定なだけでなく、性別や年齢、健康状態などが重なることで、困難はさらに深まるんです。これが、いくつかの課題が『重なり合う』ことで生まれる構造です」といった形で、身近な例から入ると理解が進みやすいでしょう。統計データと現場で実際に見聞きした具体的な困窮事例を組み合わせることも、説得力を高めます。
まとめ
フリーランスやギグワーカーといった新しい働き方の広がりは、社会に多くの恩恵をもたらす一方で、働き手の側に新たな脆弱性をもたらしました。この脆弱性は、個人の性別、年齢、健康状態、地域、家族構成などの多様な属性と交差することで、単独では捉えきれないほど複雑で深刻な貧困の構造を生み出しています。
インターセクショナリティの視点は、このような働き方の変化の中で見過ごされがちな複合的な困難を理解し、可視化するために非常に有効です。この視点を持つことで、私たちは支援対象者の状況をより深く理解し、その複雑さに見合った適切なサポートを考えることができます。多様な働き方をする人々が、その働き方や個人的な属性によって不利を被ることなく、安心して生活を送れる社会を目指す上で、インターセクショナリティの理解は不可欠な羅針盤となるでしょう。