貧困と闘う外国籍住民:言葉の壁、文化の違い、在留資格…重なる困難の構造
現場で感じること:支援対象者が抱える複雑な困難
NPOなどで貧困問題に取り組む中で、「どうも、この方の困難は貧困という一言だけでは説明しきれないようだ」「複数の問題が複雑に絡み合っている」と感じることはないでしょうか。特に、外国籍住民の方々を支援する際には、貧困という経済的な問題だけでなく、言葉の壁、文化的な違い、そして在留資格に関わる問題など、様々な要因が重なり合って、さらに深刻な状況を生み出しているケースに多く直面します。
このような、複数の属性や立場が交差することで、単一の要因だけでは見えにくい、あるいはより深刻な困難が生じるという構造を理解するための考え方が、「インターセクショナリティ」です。この概念を知ることは、私たちが支援の現場で見過ごしてしまいがちな複合的な課題に気づき、より適切かつ包括的な支援を行う上で非常に重要になります。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティ(Intersectionality)とは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢、国籍といった様々な社会的属性が単独で存在するのではなく、互いに交差(intersect)し合い、それによって特定の個人や集団が経験する差別や抑圧、あるいは特権のあり方が複雑に形成されるという考え方です。
例えば、「貧困」という問題一つをとっても、その人が女性であるか、高齢者であるか、障害があるか、そして外国籍であるかによって、直面する困難の質や程度は大きく異なります。インターセクショナリティの視点を持つことは、こうした複合的な影響を捉え、個々の状況に応じたアプローチを可能にします。
外国籍住民が経験する貧困と複合的困難
では、外国籍住民の方々が貧困に直面する際に、具体的にどのような「交差点」が生じるのでしょうか。いくつかの例を挙げます。
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貧困 × 言語の壁: 経済的な困窮は、仕事探し、公的な支援制度に関する情報収集、行政手続きなどを必要とします。しかし、日本語でのコミュニケーションに不安がある場合、これらの活動が著しく困難になります。必要な情報にアクセスできず、利用できるはずの公的サービスや支援に繋がれないことが、貧困からの脱却をさらに難しくします。ハローワークでの求人情報閲覧、自治体の相談窓口の利用、学校や医療機関とのやり取りなど、生活のあらゆる面で言語は障壁となり得ます。
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貧困 × 文化・習慣の違い: 日本の社会制度や文化、習慣に馴染みが薄い場合、これもまた貧困に関連する困難を深める要因となります。例えば、公的な手続きの複雑さ、地域社会との交流の難しさ、あるいは日本の食文化や生活習慣の違いからくる生活費の増加などが考えられます。周囲に相談できる人がいないなど、社会的な孤立にも繋がりやすく、心理的な負担も増大します。
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貧困 × 在留資格の不安定さ: 特定の在留資格では、就労できる業種や時間に制限があったり、そもそも働くことができなかったりします。また、在留資格の更新が不確実な場合、安定した雇用を得ることが難しくなります。非正規雇用や低賃金の仕事に就かざるを得なくなり、経済的に困窮しやすくなります。さらに、公的な福祉サービスへのアクセスが制限される場合もあり、セーフティネットからこぼれ落ちるリスクが高まります。
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貧困 × 偏見・差別: 外国籍であるという理由だけで、賃貸住宅の入居を断られたり、就職活動で不利な扱いを受けたり、地域社会で疎外感を感じたりすることがあります。こうした差別や偏見の経験は、経済的な困難だけでなく、精神的な苦痛や孤立を生み出し、貧困問題の解決をさらに複雑にします。
これらの要因は、単独で作用するのではなく、多くの場合、複数同時に重なり合ってその人の困難を形成します。例えば、「日本語がほとんど話せない非正規雇用の外国籍女性が、シングルマザーである」という場合、貧困、言語の壁、在留資格の不安定さ、ジェンダー、そして家族形態といった複数の要素が交差し、複雑で深刻な困難に直面する可能性が高まります。一つの課題を解決しようとしても、他の課題がその解決を阻む、という状況が生じやすいのです。
インターセクショナリティの視点を持つことの重要性
このようなインターセクショナリティの視点を持つことは、NPOなどの支援活動において極めて重要です。
- 課題の多角的な理解: 支援対象者が抱える困難が、単一の原因によるものではなく、複数の要因が複雑に絡み合って生じていることを理解できます。
- 見過ごされがちな困難の発見: 一見しただけでは気づきにくい、属性の交差によって生じる固有の困難やニーズを見落とすリスクを減らせます。
- より適切な支援策の設計: 個々の支援対象者の状況をより正確に把握できるため、その人に合った、より効果的な支援計画を立てることができます。例えば、経済支援だけでなく、言語学習支援、文化理解、在留資格に関する相談、人権擁護といった多角的なアプローチの必要性に気づけます。
- 根本的な問題解決への貢献: 表面的な課題解決だけでなく、複合的な構造が生み出す根本的な問題に目を向け、長期的な視点での支援や社会への働きかけに繋げることができます。
他者に説明するためのヒント
インターセクショナリティの概念や、それが外国籍住民の貧困とどのように関連しているかを他者(例えば、同僚やボランティア、支援対象者自身など)に説明する際には、以下の点を意識すると伝わりやすいでしょう。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な概念の説明から始めるのではなく、「私たちの支援している〇〇さんのケースで考えてみましょう」というように、現場で実際に経験した事例や、想像しやすい具体的な状況から話し始めるのが効果的です。
- 「重なり」や「掛け算」で説明する: 「性別という課題と、貧困という課題が重なることで、一つの課題だけでは考えられないような、全く新しい困難が生まれるんです」「まるで、課題が掛け算のように影響し合うイメージです」など、イメージしやすい言葉で説明します。
- 「〇〇だから△△、さらに××だから□□…」という構造を示す: 「例えば、日本語が不自由(言葉の壁)な上に、特定の在留資格(在留資格の不安定さ)で働ける仕事が限られている人が、病気(健康問題)になったとします。言葉が通じないから医療情報にアクセスできず、資格制限で休職も難しい、さらに医療費の補助制度も利用できない…というように、課題が次々と連鎖していく可能性があるんです」のように、複数の要因がどのように連鎖・複合するかを追って説明します。
- 「誰にでも起こりうる可能性」を示唆する: 「私たちも、例えば仕事でミスをしたという問題に加えて、その時たまたま体調が悪く、さらに家庭でもトラブルを抱えていたとしたら、一つの問題だけでは感じないような大きなストレスや困難を感じますよね。それと同じように、社会的な属性のレベルで、複数の『不利』が重なることで、困難が深刻になるんです」のように、身近な経験に引き付けて説明することも有効です。
まとめ
外国籍住民の方々が直面する貧困は、単に経済的な問題ではなく、言語、文化、在留資格、差別といった様々な要因が複雑に交差することで生まれる複合的な困難です。インターセクショナリティの視点を持つことは、こうした重層的な問題構造を理解し、一人ひとりの状況に寄り添った、より質の高い支援を実現するための重要な鍵となります。
この視点を日常の支援活動に取り入れ、私たち自身の理解を深めるとともに、他者にも分かりやすく伝えることで、より包摂的で効果的な支援体制を築いていくことができるでしょう。