家族・人間関係の困難が深める貧困:年齢、健康、社会関係…重なる壁の構造
支援現場で見え隠れする「見えない壁」
日々の活動の中で、支援を必要とする方々が抱える問題が、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていることを感じられていることと思います。特に、経済的な困難(貧困)の背景には、家族や人間関係の問題が深く関わっているケースが少なくありません。しかし、これらの問題は外から見えにくく、また個人的な悩みとして片付けられがちです。
なぜ、家族や人間関係の困難が貧困を深めるのでしょうか。そして、その複雑な構造をどのように理解し、効果的な支援につなげていけば良いのでしょうか。ここでは、「インターセクショナリティ」という視点から、この「重なる壁」の構造を読み解いていきます。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティとは、キンバリー・クレンショーによって提唱された概念で、性別、人種、階級、性的指向、障害、年齢、国籍といった様々な属性やアイデンティティが単独で存在するのではなく、互いに交差することで、単一の差別や抑圧では説明できない、より複雑で重層的な困難や不利益が生じる仕組みを指します。
例えば、「女性であること」と「低賃金労働者であること」が交差することで、男性の低賃金労働者や、高賃金の女性が直面しない、より特有かつ深刻な困難に直面する可能性があります。これは、単に性差別と階級差別の合計ではなく、それらが組み合わさることで生じる新たな形の困難です。
このインターセクショナリティの視点は、貧困問題を考える上でも極めて重要です。貧困は単に経済的な状態だけではなく、個人の属性や社会との関わり方、過去の経験など、多くの要因が複雑に絡み合って生じているからです。特に、家族や人間関係という極めて個人的かつ社会的な側面は、他の要因と交差することで、貧困を深める「見えない壁」となり得ます。
家族・人間関係の困難が貧困と交差する構造
家族や人間関係の困難は、それ自体が精神的な負担となると同時に、経済的な困難と相互に悪影響を及ぼし合います。以下に、その具体的な構造をいくつかご紹介します。
1. 年齢と家族・人間関係:高齢者の孤立と貧困
高齢期における配偶者との死別や子どもとの疎遠は、社会的な孤立を招きやすくなります。これにより、緊急時に頼れる人がいない、体調が悪くてもすぐに気づいてもらえない、手続きなどが困難といった状況が生まれます。経済的に困窮していても、公的な支援制度の情報が得にくかったり、申請のサポートを得られなかったりすることで、貧困状態が深刻化・固定化するケースが見られます。これは、「高齢であること」「経済的に困窮していること」に加えて、「家族や社会との繋がりが希薄であること」が重なることで生じる困難です。
また、若年期に家族のケア(ヤングケアラー)を担った経験は、学業の中断や就職活動の遅れにつながり、将来的な経済基盤の不安定さを招く可能性があります。家族への責任という人間関係上の困難が、年齢(本来教育を受けるべき時期)と交差することで、長期的な貧困リスクを高めるのです。
2. 健康状態と家族・人間関係:病気や障害、精神的な困難がもたらす複雑性
自身や家族の病気、障害は、医療費や介護費用といった直接的な経済負担を生むだけでなく、就労の継続を困難にし、収入の減少を招きます。これに加えて、病気や障害に対する周囲の理解不足、あるいは家族間の関係性の悪化(介護疲れによる衝突など)が重なると、精神的な孤立が深まり、問題解決のための行動を起こすエネルギーを奪います。
特に、うつ病や不安障害などの精神的な困難は、家族や友人との関係性の維持を難しくし、社会的な孤立を招きやすい傾向があります。孤立はさらに精神状態を悪化させ、就労意欲や能力の低下、情報収集の困難さなどを引き起こし、貧困状態から抜け出す道を塞いでしまいます。これは、「健康問題があること」「経済的に困窮していること」に、「人間関係の困難」が重なることで生じる複合的な脆弱性です。
3. 社会関係資本の不足と家族・人間関係:頼る人がいないことの経済的影響
社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)とは、人々の間の繋がりやネットワーク、信頼関係などを指し、困ったときに助け合える関係性の豊かさとして捉えられます。家族や親族、友人、地域コミュニティといった身近な人間関係が希薄である、あるいは関係性が良好でない場合、この社会関係資本が不足します。
例えば、急な病気で仕事を休まざるを得なくなった際に、一時的な経済的な支援を頼める親族や友人がいない、あるいは子どもの預け先が見つからないといった状況は、経済的な打撃を直接的に招きます。また、ハローワークや役所の制度に関する情報、地域の互助に関する情報なども、人間関係を通じて得られることが多いため、社会関係資本の不足は情報アクセスを困難にし、利用できるはずの支援につながれないという事態も生じます。
4. 法的・制度的な壁と家族関係:家族間の問題が制度利用を阻む
家族間の関係性の困難(例えば、DV加害者と同居している、絶縁状態の家族に関する手続きが必要など)が、公的な支援制度の利用を妨げるケースもあります。住民票の移動が困難である、世帯分離ができない、家族の同意や情報が必要な手続きが進まない、といった状況は、住居の確保、生活保護の申請、適切な医療サービスの利用などを阻み、貧困状態からの脱却を極めて困難にします。これは、「家族関係の困難」に、「法的・制度的な壁」が重なり、さらに経済的困難が悪化する構造です。
なぜインターセクショナリティの視点が必要なのか
家族や人間関係の困難が貧困と結びついている状況を理解する上で、インターセクショナリティの視点は不可欠です。なぜなら、これらの困難は単に個人的な「コミュ力が低い」とか「家族仲が悪い」といった問題ではなく、個人の年齢、健康状態、社会的な背景、過去の経験などが複雑に絡み合い、特定の個人をより脆弱な立場に追いやる構造の一部であるからです。
この視点を持つことで、私たちは支援対象者が抱える問題を、単一の原因や個人の責任として捉えるのではなく、複数の困難が交差して生まれる構造的な問題として理解できるようになります。これにより、表面的な経済的支援だけでなく、孤立を防ぐための社会的な繋がりの構築支援、健康問題への適切なサポート、法的・制度的な問題解決への伴走など、一人ひとりの状況に合わせた多角的なアプローチが可能になります。
支援活動への示唆と他者への説明のヒント
NPOなどの支援現場において、インターセクショナリティの視点を取り入れることは、支援の質を高める上で非常に有効です。
- 多角的なアセスメント: 経済状況だけでなく、家族構成、人間関係、健康状態、過去の経験、社会との繋がりなど、様々な側面から丁寧に状況を聞き取ることが重要です。問診票の項目を見直したり、面談の際に意識的に様々な角度から質問したりするなどの工夫が考えられます。
- 連携の強化: 家族関係の専門家、精神保健福祉士、弁護士、地域の社会福祉協議会など、多様な専門機関との連携を強化することで、支援対象者が直面する複数の困難に包括的に対応できるようになります。
- エンパワメントの視点: 支援対象者自身が、自身の抱える困難が個人的な問題だけでなく、社会的な構造とも関係していることを理解することで、孤立感が軽減され、問題解決に向けて主体的に取り組む力を引き出すことができます。
このインターセクショナリティの概念を他者に説明する際には、抽象的な議論だけでなく、今回ご紹介したような具体的な事例(高齢者の孤立、ヤングケアラー、病気と人間関係など)を多く用いることが有効です。「〇〇という困難は、単体でも大変ですが、□□という状況が重なると、さらに△△といった別の困難も生み出し、全体としてより深刻な状況になります」のように、要因の「掛け合わせ」によって困難が増幅されるイメージを伝えることが、理解を助けるでしょう。
まとめ
貧困は、単なる収入の問題ではなく、家族や人間関係の困難が年齢、健康、社会との繋がりなど、多様な要因と交差することで深く複雑化する構造的な課題です。インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちはこの「重なる壁」の存在に気づき、支援対象者が直面する真の困難を理解することができます。この理解は、より包括的で、一人ひとりに寄り添った支援を実現するための第一歩となるでしょう。