重なる差別の構造を理解する

エネルギー貧困とインターセクショナリティ:光熱費が奪う健康と安全、そして尊厳

Tags: 貧困, インターセクショナリティ, エネルギー貧困, 複合的困難, 支援

エネルギー貧困は「お金がない」だけではない?インターセクショナリティの視点

貧困問題の支援に携わる中で、支援対象者の方が直面する困難が、単一の要因では説明できない複雑さを持っていると感じることは少なくないでしょう。経済的な苦境だけでなく、年齢、健康状態、家族構成、地域、あるいは住んでいる家の状態など、様々な要因が絡み合い、状況をさらに厳しくしている現実があるかと思います。

こうした複合的な困難を理解する上で、「インターセクショナリティ」という視点は非常に有効です。インターセクショナリティとは、性別、人種、階級、セクシュアリティ、障害といった複数の社会的属性が交差することで、単一の属性だけでは見えにくい、あるいはより深刻な差別や抑圧が生じるという考え方です。

この考え方を応用すると、貧困もまた、単なる低収入という経済的な状態だけでなく、他の属性との組み合わせによって、その現れ方や深刻さが異なってくることが見えてきます。本記事では、貧困問題の一側面である「エネルギー貧困」を例に挙げ、インターセクショナリティがどのように複合的な困難を生み出すのかを掘り下げていきます。

エネルギー貧困とは何か

エネルギー貧困とは、適切な暖房や冷房、照明、調理などのエネルギーサービスを利用するための費用を十分に支払うことができず、健康や安全、QOL(生活の質)が損なわれる状態を指します。具体的には、光熱費(電気代、ガス代、灯油代など)の支払いが困難であったり、支払いを優先するために食費や医療費などを削らざるを得なかったり、あるいは光熱費を節約するために暖房や冷房を十分に利用できないといった状況が含まれます。

エネルギー貧困は、特に冬場や夏場に顕在化しやすく、健康への直接的な影響(ヒートショック、熱中症、基礎疾患の悪化など)や、生活全般への悪影響(自宅での活動制限、社会からの孤立など)をもたらす深刻な問題です。

エネルギー貧困に潜むインターセクショナリティ

エネルギー貧困は、単に収入が低いことだけが原因ではありません。収入の低さに加えて、様々な属性や状況が複合的に影響することで、そのリスクが高まり、困難が深刻化します。ここにインターセクショナリティの視点が必要となります。

どのような属性や状況が重なり合う可能性があるでしょうか。いくつか例を挙げます。

  1. 高齢 + 低収入 + 断熱性の低い古い家屋:

    • 高齢者は一般的に体温調節機能が低下しやすく、適切な室温管理が健康維持に不可欠です。
    • しかし、年金収入などが限られている場合、高額な光熱費の支払いは大きな負担となります。
    • さらに、築年数の古い家屋は断熱性が低く、いくら暖房・冷房をつけても室温が安定しにくいため、より多くのエネルギーを消費しがちです。
    • この三つの要素が重なることで、高齢者は健康リスクを抱えながらも光熱費を節約せざるを得ない状況に陥りやすく、健康を損なう「複合的な困難」に直面します。
  2. 障害 + 低収入 + 在宅時間が長い + 特殊な医療機器の使用:

    • 障害により外出が困難な場合、自宅で過ごす時間が長くなります。そのため、住環境における快適性や安全性への依存度が高まります。
    • 人工呼吸器や酸素濃縮器などの医療機器を使用している場合、常時電源が必要となり、電気代が必然的に高くなります。
    • 低収入であることに加え、これらの状況が重なることで、必要不可欠なエネルギー使用量が多いため光熱費負担が重くのしかかり、生活を圧迫します。健康維持に必要なエネルギー利用が経済的な困難によって脅かされる、深刻な状況が生じます。
  3. 外国籍住民 + 低収入 + 言葉の壁 + 日本の住宅・エネルギー契約・支援制度への不慣れ:

    • 低収入であることに加え、日本語での情報収集や手続きに困難がある場合があります。
    • 日本のエネルギー契約の仕組みや、省エネに関する情報、あるいはエネルギー費用に関する公的な支援制度(生活保護の住宅扶助・生活扶助、低所得者向けの支援策など)の情報にアクセスしにくく、利用方法も理解しにくい状況があります。
    • 住居の契約形態やエネルギー会社の選択肢についても十分な情報を得られない可能性があります。
    • こうした複数の壁が重なることで、適切なエネルギー契約を選べず、省エネ対策もできず、利用可能な支援制度にも繋がれないまま、高額な光熱費に苦しむ状況が生じやすくなります。
  4. シングルペアレント + 低収入 + 子どものケア責任 + 住居選択肢の限定:

    • 多くの場合、一人の稼ぎで家計を支えながら子育てを行うため、経済的に非常に厳しい状況にあります。
    • 子どもの人数や年齢によっては、必要な居住空間が広くなり、その分光熱費が高くなる傾向があります。
    • 子どものケアに多くの時間を取られるため、省エネ対策に関する情報収集や、より経済的な住居への転居などを検討する時間的・精神的な余裕がないことがあります。
    • こうした状況が重なることで、光熱費の負担が家計を一層圧迫し、食費や教育費など子どもの養育に必要な費用を削らざるを得なくなるなど、家族全体に深刻な影響が及びます。

これらの事例からわかるように、エネルギー貧困は単なる所得の問題ではなく、「所得の低さ」という経済的な要因が、年齢、健康状態、障害、国籍・言語、家族構成、そして住居の質や地域といった他の属性や状況と「交差」することで、より複雑で深刻な困難として現れるのです。

NPO活動におけるインターセクショナリティ視点の重要性

貧困問題に取り組むNPO職員として、こうしたインターセクショナリティの視点を持つことは、支援の質を高める上で極めて重要です。

インターセクショナリティを他者に伝えるヒント

インターセクショナリティという概念は、時に難解に感じられることもあります。支援の必要性や社会課題の複雑さを他者(同僚、ボランティア、寄付者、行政担当者など)に説明する際には、以下の点を意識すると伝わりやすくなるでしょう。

まとめ:複合的な視点がより良い支援への道を開く

インターセクショナリティの視点を持つことは、支援対象者の抱える困難を、より深く、より正確に理解するための強力なツールとなります。特にエネルギー貧困のような問題は、単一の経済的要因だけでなく、年齢、健康、住居、地域、文化など多様な要素が複雑に絡み合って生じています。

この視点を通じて、私たちは支援の現場で日々直面する複合的な問題を、単なる個人の問題としてではなく、社会構造の中で複数の属性が交差することで生まれる構造的な困難として捉えることができるようになります。そして、それは、より的確で、より包括的で、より人間中心的な支援を設計し、実行するための第一歩となるはずです。

支援対象者一人ひとりが持つ多様な側面とその重なり合いに意識を向け、「見えない壁」や「見過ごされがちな困難」に光を当てること。それが、私たちが目指すべき支援の未来を切り拓く鍵となるでしょう。