就労困難と貧困のインターセクショナリティ:年齢、健康、教育…重なる困難の構造
就労困難は単一の理由で起こるのか
貧困問題に取り組む現場では、仕事に就けなかったり、安定した雇用を維持できなかったりする困難(以下、就労困難)に直面している方々が多くいらっしゃいます。この就労困難は、多くの場合、個人の能力や努力不足といった単一の理由で説明できるものではありません。むしろ、その人の持つ様々な属性や置かれた環境が複雑に絡み合った結果として生じていることが多いものです。
例えば、高齢であること、持病があること、そして特定のスキルがないこと、これらが重なると、求職活動は格段に難しくなります。それぞれの要因単独でも困難を生む可能性はありますが、それらが複合的に作用することで、さらに深刻な事態を招き、結果として貧困に陥る、あるいは貧困から抜け出せなくなる構造が見えてきます。
このような、複数の差別や不利な条件が交差することで、個人の困難がより一層複雑化・深刻化する構造を理解する上で、「インターセクショナリティ」という視点は非常に有効です。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢、宗教、地域など、個人の持つ様々な属性が互いに交差し、組み合わさることで、単一の属性だけでは説明できない、独自の形での差別や抑圧、不利な状況が生じるという考え方です。
例えば、「女性」であることによる困難と、「ある特定の民族的マイノリティ」であることによる困難はそれぞれ存在し得ますが、「女性」であり「ある特定の民族的マイノリティ」でもある人は、そのどちらか一方の属性を持つ人とは異なる、あるいはより複雑な差別に直面する可能性があります。これが属性の「交差(インターセクション)」によって生じる複合的な困難です。
この視点を就労困難に当てはめて考えてみましょう。
就労困難におけるインターセクショナリティの現れ方
就労困難は、まさにインターセクショナリティが顕著に現れる領域の一つです。個人の就業機会や働き続ける能力は、以下のような様々な属性や状況によって影響を受けます。
- 年齢: 高齢であること、あるいは若すぎること。
- 性別: 特定の職種における性別偏見、育児や介護といったケア責任。
- 健康状態・障害: 持病、精神疾患、身体障害、慢性的な痛み。
- 教育・スキル: 学歴、専門スキルの有無、デジタルリテラシー。
- 居住地域: 地方の産業構造、交通インフラ、地域内のネットワーク。
- 家族構成: シングルペアレント、多子世帯、介護が必要な家族の存在。
- 過去の経験: 前科・逮捕歴、長期の失業期間、ハラスメント経験。
- 言語・文化: 外国籍であること、日本語能力の不足、文化的な背景。
- 社会的な繋がり: 孤立、サポートネットワークの有無。
これらの属性が単独で就労困難の原因となることもありますが、多くの場合、複数重なり合って影響を及ぼします。いくつかの例を挙げます。
- 例1:高齢で持病があり、デジタルスキルが低い場合 高齢であること自体が求人において不利になる場合があります。さらに持病があれば、体力的な制約や通院の必要性から応募できる職種が限られます。加えてデジタルスキルの不足は、情報収集やオンラインでの応募、リモートワークといった現代の働き方への適応を困難にし、就労機会を大きく狭めます。
- 例2:シングルペアレントで、介護責任も負っている女性の場合 女性であること、シングルペアレントであること、さらに高齢の家族の介護も行っている場合、長時間労働や休日出勤が難しい、急な休みを取りやすい必要があるなど、働く上での制約が非常に多くなります。正社員といった安定した雇用形態の選択肢が限られ、非正規雇用でも労働時間や場所に柔軟性のある仕事が見つかりにくい、見つかっても収入が不安定になりがちです。
- 例3:地方出身で十分な教育機会を得られず、前科がある若い男性の場合 居住地域の産業が衰退しているため求人が少ないという地理的な要因。十分な教育機会を得られなかったことによるスキル不足。若い男性という属性に対する偏見。そして前科があることによる社会的なスティグマや採用時の忌避。これらの要因が重なることで、都市部への移住も難しく、地元の限られた仕事にも就けず、就労への道が極めて閉ざされてしまいます。
複合的な困難が貧困に繋がる構造
このように、複数の不利な属性が重なることで、個人の就労可能性は著しく低下します。安定した収入を得る機会が失われ、これが直接的に貧困へと繋がります。さらに、就労困難そのものが、自己肯定感の低下、社会からの孤立、健康状態の悪化などを招き、これらの要因が再び就労困難を深めるという負のスパイラルを生み出すこともあります。
重要なのは、これは「高齢だから」「持病があるから」といった単一の問題ではなく、「高齢 かつ 持病があること かつ ...」といった属性の重なりによって生じる、より深刻で複雑な問題であるという認識です。支援を考える上では、この複合的な困難の構造を理解することが不可欠となります。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性
貧困問題支援の現場でインターセクショナリティの視点を持つことは、支援の質を高める上で極めて重要です。
- 多角的なニーズの理解: 支援対象者が抱える困難が、単一の理由ではなく、性別、年齢、健康、学歴など様々な要因が組み合わさって生じていることを理解できます。これにより、表層的な問題だけでなく、その根底にある複合的なニーズを把握しやすくなります。
- 個別化された支援計画: 属性の重なりによって困難の様相は異なります。この視点を持つことで、画一的なサービス提供ではなく、その人固有の属性の組み合わせが生み出す困難に即した、より個別的で効果的な支援計画を立てることが可能になります。例えば、単に職業訓練を提供するだけでなく、同時に健康問題への対応、子育て・介護支援、心理的サポートなどを組み合わせる必要性が見えてきます。
- 見落とされがちな困難への気づき: ある属性単独では大きな問題とされないことでも、他の属性と重なることで深刻な障壁となることがあります。インターセクショナリティの視点は、これまで見過ごされがちだった複合的な困難に気づくための手がかりを与えてくれます。
- 構造的な問題へのアプローチ: 個人の問題として片付けられがちな就労困難を、社会の構造的な問題(差別、制度の不備、偏見など)として捉え直すことができます。これにより、個人の支援だけでなく、制度改善や社会への働きかけといったアドボカシー活動の重要性も認識できます。
他者に概念を説明する際のヒント
インターセクショナリティの概念や、それが就労困難や貧困にどう関係するかを他者に説明する際には、以下の点を意識すると伝わりやすくなります。
- 具体的な事例から入る: 抽象的な定義から始めるよりも、上記のような具体的な事例(「〇〇さんという、高齢で持病があり一人暮らしの女性の場合…」など)から説明すると、聞き手はイメージしやすくなります。
- 「かつ」「加えて」「さらに」を意識する: 単一の属性の影響だけでなく、「〇〇である かつ △△であることで、こんな困難が加わります」といった表現を使うことで、属性が「交差」することの重要性を強調できます。
- 身近な例に置き換える: 貧困問題に直接関わっていない人には、より身近な「〇〇な状況にある △△さんは、こんな大変さがあるよね」といった例えを用いることも有効です。
- 統計データや調査結果を引用する: 複数の属性を持つ人々が、単一の属性を持つ人々よりも不利な状況にあることを示すデータがあれば、概念の説得力が増します。
- 目的を明確にする: なぜこの視点が必要なのか(例:より効果的な支援のため、見えない困難に気づくためなど)を伝えることで、聞き手は概念の意義を理解しやすくなります。
まとめ
就労困難とそれに伴う貧困は、個人の問題ではなく、年齢、健康、教育、地域、家族構成など、様々な属性が複雑に交差することで生じる複合的な困難です。インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちはこの重なり合う困難の構造をより深く理解し、見落とされがちなニーズに気づき、より包括的で効果的な支援をデザインできるようになります。この視点は、貧困問題に取り組む私たちにとって、不可欠な羅針盤となるでしょう。