教育と貧困のインターセクショナリティ:学歴、地域、家族背景…重なり合う困難を理解する
はじめに
貧困問題に取り組む中で、支援対象者が抱える困難が、経済的な問題だけでなく、様々な要因が複雑に絡み合って生じていることを実感されている方は多いでしょう。例えば、十分な教育機会を得られなかったことが、不安定な雇用や低収入につながり、さらに健康問題や孤立を招くといったように、困難は単一の原因で発生するのではなく、連鎖し、増幅していく性質があります。
この複雑な構造を理解するための有効な視点の一つが、「インターセクショナリティ」です。インターセクショナリティとは、性別、人種、階級、障害、性的指向といった複数の社会的属性やアイデンティティが交差することで、単一の属性だけでは説明できない差別や抑圧、あるいは特権が生じるという考え方です。
本記事では、教育機会の格差が貧困とどのように交差し、支援対象者が直面する複合的な困難を生み出しているのかを、インターセクショナリティの視点から掘り下げていきます。
教育と貧困の基本的な関係性
教育と貧困の間には、密接な関係があることは広く認識されています。一般的に、高い学歴を持つほど安定した雇用に就きやすく、所得も高くなる傾向があります。逆に、十分な教育機会を得られなかったり、学業でのつまずきがあったりすると、選択できる職業の幅が狭まり、不安定な非正規雇用に陥りやすくなるなど、貧困のリスクが高まります。
しかし、この関係性は単純な「学歴がない=貧困になる」という一方向のものではありません。貧困家庭に育つこと自体が、子どもが十分な教育機会を得ることを困難にする要因となる、という側面も強く存在します。
教育機会の格差におけるインターセクショナリティ
教育と貧困の関係をより深く理解するためには、そこにどのような他の要因が交差しているのかを見ていく必要があります。貧困という状況は一つでも困難ですが、それに加えて他の属性や状況が重なることで、教育機会へのアクセスはさらに制約され、その後の人生における困難がより深刻化することがあります。
1. 地域と教育機会と貧困
出身地域によって、教育の質や利用できる教育資源には差があります。例えば、都市部に比べて地方では、予備校や塾などの選択肢が限られていたり、高等教育機関へのアクセスが悪かったりすることがあります。貧困家庭に育った子どもが、こうした教育資源が乏しい地方に住んでいる場合、都市部の同世代の子どもに比べて、教育上のハンディキャップを克服することが一層難しくなります。これは、「貧困」という階級の側面と、「地域」という地理的な側面が交差することで、教育機会へのアクセスがより困難になる例です。
2. 家族背景と教育機会と貧困
育った家族の経済状況だけでなく、親の学歴や職業、教育に対する価値観、あるいは家族構成なども、子どもの教育機会に影響を与えます。貧困家庭では、教育費を捻出することが難しかったり、子どもが家計を支えるために早くから働き始める必要があったりする場合があります。また、親自身が十分な教育を受けていない場合、子どもの学習をサポートすることが難しかったり、進路選択に関する情報が限られていたりすることもあります。さらに、病気や障害のある家族のケア、あるいはひとり親家庭であることなど、家族が抱える他の困難(ケア責任、家族形態)が教育機会と交差することで、子どもの学習環境はさらに厳しくなります。これは、「貧困」に加えて、「家族背景」や「ケア責任」といった要因が教育機会と交差する例です。
3. 性別・人種/民族と教育機会と貧困
教育機会へのアクセスは、性別や人種/民族といった属性とも交差します。例えば、地域によっては女子の教育が軽視される文化があったり、特定のマイノリティグループが教育機関で差別的な扱いを受けたりすることがあります。もし、貧困という状況がこれらに重なる場合、その困難は単一の要因からくるものよりもはるかに大きくなります。貧困状態にある特定のマイノリティの女性が、教育機関で差別を受け、経済的な制約から十分な教育を受けられないといった状況は、性別、人種/民族、階級(貧困)といった複数の属性が交差するインターセクショナリティの典型的な例です。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性
教育と貧困におけるインターセクショナリティの視点を持つことは、NPOの貧困支援活動において非常に重要です。
- 課題の多角的な理解: 支援対象者の教育上の課題を見る際、単に経済的な問題としてだけでなく、その人の出身地域、家族構成、性別、健康状態など、様々な背景がどのように影響しているのかを多角的に捉えることができます。これにより、一人ひとりの抱える固有の困難の全体像が見えやすくなります。
- より効果的な支援設計: 複合的な要因が絡み合っていることを理解すれば、提供すべき支援も多角的であるべきだと気づけます。例えば、経済的支援に加えて、学習支援、進路相談、メンタルケア、居場所作り、あるいは家族全体へのサポートなど、複合的なアプローチを組み合わせることが、より効果的な支援につながります。
- アウトリーチの工夫: 支援が必要な人に届くためには、その人が抱える複合的な困難に配慮したアウトリーチが必要です。例えば、学習の遅れだけでなく、家庭環境や地域からの孤立といった要因にも目を向け、信頼関係を築きながら支援に繋げていくことが重要です。
- 社会への働きかけ: 教育機会の不均等を解消するための政策提言や社会啓発を行う際にも、単なる学費支援だけでなく、地域間の教育格差、ジェンダーやマイノリティに対するバイアス、家庭環境の困難など、複合的な要因に焦点を当てた提案を行うことで、より包括的で実効性のある解決策を目指すことができます。
他者にインターセクショナリティを説明する際のヒント
支援対象者の方々や、この概念に馴染みのない方々にインターセクショナリティを説明する際には、抽象的な定義よりも、具体的な事例を用いることが有効です。
例えば、「学歴がないこと自体も大変ですが、もしそれに加えて、あなたが女性であることや、特定の地域に住んでいること、あるいは病気や障害のある家族のケアをしていることなどが重なると、仕事探しや安定した生活を送る上での困難は、もっと複雑で大きくなりますよね。このように、いくつかの困難が重なり合うことで、より大変な状況になることがあります。私たちは、そういった一つ一つの困難だけでなく、それらが重なり合って生まれる全体の状況を理解し、サポートしたいと考えています」のように、相手自身の経験や身近な状況に引きつけながら説明すると、理解を得られやすくなります。
重要なのは、「一つの原因で片付けられない複雑さがあること」「困難が重なると、単に足し算ではなく、それ以上に大きくなることがあること」を、具体的なイメージを持ってもらいながら伝えることです。
まとめ
教育機会の格差は、単に個人の努力や能力の問題ではなく、貧困をはじめとする様々な社会的・構造的な要因と複雑に絡み合っています。インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちは教育を巡る困難が、学歴だけでなく、地域、家族背景、性別、人種など、複数の属性が交差する中でどのように形成され、増幅されていくのかを深く理解することができます。
この理解は、貧困問題に携わる私たちが、支援対象者一人ひとりの置かれた状況をより精緻に把握し、その人にとって本当に必要な複合的なサポートを設計するために不可欠です。そして、社会全体の教育機会の均等を追求し、誰もがその可能性を最大限に発揮できる社会を築くためにも、この視点は大きな示唆を与えてくれます。
インターセクショナリティを羅針盤として、支援の現場で、そして社会全体で、教育と貧困の複雑な関係に立ち向かっていきましょう。