経済的虐待と貧困:複合する困難の構造と支援の視点
はじめに:見過ごされがちな「経済的虐待」という困難
貧困問題の現場では、経済的な困窮が単一の原因で起きているわけではなく、様々な要因が複雑に絡み合っていることを実感されている方も多いでしょう。性別、年齢、健康状態、抱える責任など、様々な属性が困難を深める要因となり得ます。
今回注目するのは、「経済的虐待」という見過ごされがちな問題が、どのように貧困と結びつき、複合的な困難を生み出すかという点です。経済的虐待は、単に経済的な困窮を引き起こすだけでなく、その人の他の属性(性別、年齢、関係性など)と交差することで、より複雑で抜け出しにくい貧困構造を作り出すことがあります。
経済的虐待とは何か
経済的虐待とは、パートナー、家族、親族などが、相手の経済的な自由や権利を侵害し、経済的に支配・コントロールする行為を指します。これは身体的暴力や精神的暴力と並ぶドメスティック・バイオレンス(DV)の一種として認識されることが多いですが、DVの関係性に限らず、親子間、高齢者と介護者・親族間など、様々な関係性で起こり得ます。
具体的な行為には以下のようなものがあります。
- 生活費を渡さない、または極端に少ない額しか渡さない
- 働くことを禁止・制限する
- 給料や貯金を管理し、自由に引き出させない
- 借金を強要する、借金の返済を押し付ける
- 不動産や財産を勝手に処分する、名義を勝用する
- 年金や預貯金を管理し、本人が使えないようにする(高齢者虐待の場合など)
- 進学や就職を妨害する(子どもへの虐待の場合など)
これらの行為は、被害者から経済的な自立の機会を奪い、加害者への依存状態を作り出すことで、被害者を孤立させ、支配下に置くことを目的とすることが少なくありません。
経済的虐待が貧困と交差する構造
経済的虐待は、被害者の経済状況を直接的に悪化させますが、これが他の属性と交差することで、複合的な貧困の構造を生み出します。インターセクショナリティの視点から、その構造を読み解いてみましょう。
事例1:女性と経済的虐待、そして貧困
多くの場合、経済的虐待の被害者は女性です。これは、社会的な性別役割分業によって女性が低賃金の非正規雇用に就いている場合や、育児や介護のために離職している場合が多く、経済的に自立しにくい状況に置かれやすいことと関連しています。
夫(またはパートナー)から生活費を渡されない、収入をすべて管理されるといった経済的虐待を受ける女性は、手元に自由になるお金がないため、以下の困難に直面します。
- DVからの避難困難: 逃げるためのお金がない、または加害者に経済的に依存しているため、関係を断つことが非常に難しい。
- 就労機会の喪失: 加害者によって働くことを妨害されている場合、経済的な自立に向けた第一歩を踏み出せない。
- 社会からの孤立: 友人に会うためのお金もない、自由な時間が奪われるといった状況で、社会的なネットワークが断たれ、孤立が深まる。
- 子どもの貧困: 経済的困難が子どもにも影響し、十分な教育機会や生活物資を得られない状況を生む。
ここでは、「女性であること(社会的立場や役割)」と「経済的虐待を受けていること」が交差することで、単なる経済的困窮に留まらず、DVからの脱出困難、孤立、子どもの貧困といった複合的な問題が生じています。過去のキャリア中断(育児など)や地域からの孤立といった別の属性も加われば、困難はさらに重なります。
事例2:高齢者と経済的虐待、そして貧困
高齢者の場合、年金や貯蓄を子や孫、あるいは悪質な親族などが管理し、必要な医療費や生活費を与えないといった経済的虐待が見られます。
- 健康問題の悪化: 医療費が払えない、栄養バランスの悪い食事しか与えられないといった状況で、持病が悪化したり、新たな健康問題を抱えたりする。
- 孤立: 経済的に自由がないため、外出できず、地域や友人との繋がりが希薄になり、孤立が深まる。これが認知機能の低下や精神的な不調にも繋がる可能性があります。
- 制度利用の困難: 経済的な情報へのアクセスが制限されたり、申請手続きのための費用や移動手段がなかったりすることで、利用できるはずの公的支援に繋がれない。
- 住居の不安定化: 家賃や固定資産税が支払えなくなり、住み慣れた家を失うリスクに晒される。
ここでは、「高齢であること(身体的・認知的な変化、社会からの孤立、年金収入への依存など)」と「経済的虐待を受けていること」が交差しています。さらに、身体的な衰えや病気、地域からの孤立、情報弱者であることといった他の属性も加わることで、経済的な困難が生命の危機に直結したり、人間としての尊厳が著しく損なわれたりする状況が生じます。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点
これらの事例が示すように、経済的虐待による貧困は、その人の性別、年齢、家族構成、健康状態、置かれている関係性、社会的な孤立といった様々な属性が複雑に絡み合って生じます。単に「経済的に困っている」という側面だけでなく、その背景にある多層的な困難を理解することが、効果的な支援には不可欠です。
NPOの現場では、以下の点を意識することが、インターセクショナリティの視点を取り入れた支援に繋がります。
- 多角的な視点でのアセスメント: 支援対象者が抱える経済的な困難の背景に、経済的虐待の可能性がないかを探るだけでなく、その方の性別、年齢、健康状態、家族や地域との関係性、過去の経験なども含めて、どのような困難がどのように重なり合っているのかを丁寧に聞き取ることが重要です。
- 連携の重要性: 経済的虐待はDV、高齢者虐待、子どもへの虐待などと密接に関連していることが多いため、DV相談窓口、高齢者支援センター、児童相談所、医療機関、法律家など、様々な専門機関との連携が不可欠です。特定の機関だけではカバーできない複合的な問題に対応するためには、分野を超えた繋がりを持つことが力を発揮します。
- エンパワメントの支援: 経済的虐待からの回復は、単に経済的な立て直しだけでなく、自己肯定感の回復や社会との繋がりを取り戻すプロセスでもあります。経済的な情報提供や手続き支援に加え、心理的なサポートや、同じ経験をした人との繋がりを作る場の提供なども有効です。
- 制度の限界と課題の共有: 既存の支援制度は、特定の課題や属性に特化している場合が多く、複合的な困難を抱える人にはアクセスしにくかったり、必要な支援が包括的に受けられなかったりすることがあります。現場で感じる制度の限界や課題を、関係者間で共有し、必要な改善に向けた提言を行っていくことも重要な役割です。
他者に伝えるためのヒント
インターセクショナリティの視点や、経済的虐待と貧困の関連性を他者に伝える際には、抽象的な概念だけでなく、具体的な事例を用いることが最も効果的です。
- 具体的な「誰か」の状況を描写する: 架空の人物設定でも構いませんので、「〇〇さんという、高齢で一人暮らしの女性が、離れて暮らす親族に年金を管理され、電気を止められて困っている」といった具体的な状況を描写することで、聞き手は問題を自分事として捉えやすくなります。
- 「もし一つだけなら乗り越えられたかもしれないが…」という視点を強調する: 「経済的に困っている」という問題だけなら解決策があるかもしれないが、「高齢であること」「孤立していること」「信頼している家族からの虐待であること」といった他の要素が重なることで、問題が格段に難しくなる、という複合性を説明します。
- グラフや図解を用いる: 複数の要素が交差するイメージを図で示すことで、視覚的に理解を助けることができます。
まとめ:複合的な困難を理解し、支援につなげるために
経済的虐待は、被害者の経済的な基盤を揺るがすだけでなく、性別、年齢、関係性、孤立といった他の属性と交差することで、より深刻で複雑な貧困の構造を生み出します。この複合的な困難を見過ごさず、インターセクショナリティの視点を持って理解することは、NPOとして貧困問題に取り組む上で非常に重要です。
支援の現場では、目の前の経済的困難だけでなく、その背後にある多様な要因に目を向け、必要に応じて多分野の専門家と連携し、対象者の全体像を理解しようと努めることが、より効果的で、その人らしい自立や尊厳を守る支援へと繋がるはずです。この視点は、支援対象者だけでなく、社会全体がこの問題への理解を深めるためにも欠かせません。