災害被災と貧困の複合的困難:インターセクショナリティが示す見えない構造と支援の視点
災害が貧困をどう複雑にするか:現場で見過ごされがちな複合的困難
貧困問題への支援活動に携わる中で、支援対象者が抱える困難が一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていることを日々感じている方は多いのではないでしょうか。特に、地震や水害といった自然災害は、既存の困難を増幅させ、新たな貧困の層を生み出すことがあります。しかし、その複合的な困難の全体像や構造は、必ずしも明らかではありません。
本記事では、災害被災という経験が、性別、年齢、障害、雇用形態、国籍といった個人の様々な属性とどのように交差し、貧困をより深刻で複雑なものにするのかを、インターセクショナリティの視点から読み解きます。そして、この視点がなぜ支援活動において重要なのか、その意義について考えます。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティとは、ジェンダー、人種、階級、性的指向、障害、年齢など、様々な社会的属性やアイデンティティが交差することで生まれる、重層的で複雑な差別や不利益の構造を理解するための概念です。一つの属性だけに着目するのではなく、複数の属性が同時に作用し合うことで、その人固有の困難が生じるという考え方です。
例えば、「女性」という属性だけを見ればジェンダーによる差別が考えられますが、「低所得である高齢者の外国人女性」であれば、年齢差別、経済的差別、国籍による差別、ジェンダー差別がそれぞれ単独で存在するだけでなく、これらの属性が組み合わさることで、より深刻で独自の困難に直面する可能性が高まります。これがインターセクショナリティの基本的な考え方です。
災害がもたらす困難と他の属性との交差
自然災害が発生すると、生活の基盤が失われ、多くの人々が困難に直面します。住居の喪失、雇用の不安定化、心身の健康悪化、地域からの孤立など、様々な問題が同時に発生します。これらの困難は、被災者全てに共通する側面もありますが、個人の持つ様々な属性によって、その度合いや内容は大きく異なります。インターセクショナリティの視点から見ると、災害は、既存の脆弱性や不平等を顕在化させ、さらに悪化させる要因となります。
1. 高齢者
高齢の被災者は、身体的な理由から避難や復旧作業が難しく、情報収集も困難な場合があります。また、年金収入に依存している場合、災害による予期せぬ支出や資産(家屋、家財など)の喪失は、経済状況を急速に悪化させます。地域コミュニティが崩壊すると、既存のサポートネットワークが失われ、孤立が深まる傾向にあります。これは、「高齢」であること、「低収入」であること、「被災」したことが交差して生じる複合的な困難です。
2. 障害者
障害のある被災者は、移動やコミュニケーション、日常生活に特別な支援が必要となる場合があります。避難所での生活環境がバリアフリーに対応していない、必要な医療機器や薬剤が不足する、支援情報がアクセス可能な形式で提供されないといった問題が生じ得ます。さらに、災害によってそれまでの支援サービスが停止したり、介護者が被災したりすることで、障害と被災経験、そしてそれに伴う経済的困難が重なり、一層脆弱な状況に置かれます。
3. シングルペアレント
一人親家庭の被災者は、子どものケアをしながら自身の避難や生活再建を進めなければなりません。災害によって仕事を失ったり、働く時間が確保できなくなったりすることで、経済的な負担が重くのしかかります。頼れる親族が遠方に住んでいる、あるいは自身も被災している場合、育児と生活再建の責任を一人で負うことになり、物理的・精神的に追い詰められやすくなります。「シングルペアレント」であること、「女性(あるいは男性)」であること、「低所得」であること、「被災」したことが複雑に交差し、困難が生じます。
4. 非正規雇用者
非正規雇用の被災者は、災害による休業に対する補償が十分でなかったり、勤め先自体が被災して職を失ったりするリスクが高い傾向にあります。正社員と比較して経済的な蓄えが少ないことが多く、災害後の生活再建資金の確保がより困難になります。また、被災地から離れて避難した場合、新たな職探しも容易ではありません。特に、女性や高齢者、若年層に多い非正規雇用という属性は、被災という事態と交差することで、経済的脆弱性を一層強固なものにします。
5. 外国籍住民
外国籍の被災者は、言葉の壁や文化・習慣の違いから、必要な情報(避難情報、支援制度など)にアクセスすることが困難な場合があります。在留資格の種類によっては、利用できる公的な支援が限られていることもあります。コミュニティ内での孤立に加え、差別や偏見に直面することもあります。災害による失業や住居の喪失は、在留資格の更新にも影響を及ぼす可能性があり、経済的な困難と法的な不安定さが重なる、固有の脆弱性を抱えています。
複合的困難の「見えない構造」
なぜ、これらの複合的な困難は見過ごされがちなのか。それは、私たちの社会や支援制度が、困難を「貧困問題」「高齢者問題」「障害者問題」といった単一の属性や問題として捉える傾向があるからです。それぞれの支援策は存在するものの、複数の困難が同時に発生しているケースを包括的に捉え、柔軟に対応できる仕組みが十分に整っていないことが、見えない構造を生み出しています。
また、困難を複数抱える人々自身も、自身の状況を複合的に説明することの難しさや、どの窓口に相談すれば良いか分からないといった問題に直面します。支援者側も、自身の専門分野以外の問題については対応が難しく、結果として特定のニーズだけが満たされ、他の重要なニーズが見過ごされてしまうことがあります。
支援活動におけるインターセクショナリティの視点の重要性
貧困問題に取り組むNPOなどの支援団体にとって、インターセクショナリティの視点は不可欠です。この視点を持つことで、支援対象者が抱える困難が単なる「貧困」という一側面だけでなく、その背後にある複雑な構造や、他の属性との交差によって生じる固有のニーズをより深く理解できるようになります。
- ニーズの正確な把握: 表面的な問題だけでなく、その根底にある複数の要因や、それが個人の属性とどう絡み合っているのかを問い直すことで、より正確なニーズ把握が可能になります。
- 多角的な支援設計: 一つの解決策だけでは対応できない複合的な問題に対し、複数の機関や専門職との連携を視野に入れた、多角的で包括的な支援計画を立てる手助けとなります。
- 当事者の声の傾聴: 困難を複合的に抱える当事者の語りの中に、既存のカテゴリーでは捉えきれない「見えない構造」の手がかりを見出すことができます。当事者の声に耳を傾け、その経験を尊重することが重要です。
- 社会への働きかけ: 複合的な困難を生み出す社会構造や制度の不備に対して、インターセクショナリティの視点から提言を行うことで、より公平で包摂的な社会の実現に貢献できます。
- 概念の共有と伝達: 支援対象者や他の支援者、あるいは社会全体に対して、貧困が単一の原因でなく、様々な要因が重なって生じる複雑な問題であることを説明する際に、インターセクショナリティの概念は非常に有効なツールとなります。「〇〇である上に、△△という状況もあるから、こんなに大変なんだ」というように、具体的な例を挙げながら説明することで、多くの人が困難の複雑さを理解しやすくなります。
まとめ
災害被災が貧困にもたらす影響は、単一の要因では捉えきれない複合的なものです。高齢、障害、家族構成、雇用形態、国籍など、個人の持つ多様な属性が被災経験と交差することで、一人ひとりが異なる、そして見過ごされがちな困難に直面します。
これらの「見えない構造」を理解するためには、インターセクショナリティの視点が不可欠です。この視点を持って支援対象者に向き合うことは、表面的な問題解決にとどまらず、その人を取り巻く複雑な現実を包括的に捉え、より効果的で、そして何よりも当事者の尊厳を尊重する支援へと繋がります。災害からの復旧・復興、そして日々の貧困支援活動において、この視点が広く共有され、実践されることを願っています。