障害と貧困:インターセクショナリティで読み解く複合的困難と支援の視点
支援現場で感じる「重なる困難」
日々のNPO活動の中で、私たちは様々な困難を抱える方々と向き合っています。貧困問題に取り組む中で、その困難が単一の原因から来るのではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていることを実感されている方も多いのではないでしょうか。例えば、経済的な苦しさに加えて、病気や障害、高齢、性別、出身など、その人が持つ様々な属性が相互に影響し合い、より深刻な状況を生み出しているケースです。
このような「複数の困難が交差する構造」を理解するための有効な視点が、「インターセクショナリティ」です。本記事では、特に障害のある方の貧困に焦点を当て、インターセクショナリティの視点からその複合的な困難を読み解き、私たちの支援活動にどのように活かせるかを考えていきます。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティ(intersectionality)とは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢といった複数の社会的属性が交差することで、固有の差別や抑圧、不利益が生じる仕組みを説明する概念です。アフリカ系アメリカ人のフェミニスト法学者キンバリー・ウェンバリー・クレshaw氏によって提唱されました。
これは、「性差別」と「人種差別」が単に足し合わされるだけでなく、黒人女性という立場において、性別と人種という二つの属性が交差することによって、白人女性や黒人男性とは異なる、独自の差別や困難が生じる、という構造を明らかにするために用いられました。
この考え方を応用すると、貧困の問題も、その人の経済状況だけでなく、他の様々な属性がどう影響し合っているかを見ることで、より深く理解できます。
障害と貧困の交差がもたらすもの
障害のある方は、そうでない方に比べて貧困に陥るリスクが高いことが指摘されています。その背景には、就労の困難さ、低い賃金、医療費や福祉サービスの費用負担など、障害があることに起因する経済的な要因があります。
しかし、インターセクショナリティの視点を持つと、これは単に「障害があるから貧しい」という一方向的な問題ではないことが見えてきます。障害と貧困が交差することによって、困難が質的・量的に増幅されるのです。
例えば、以下のような状況が考えられます。
- 物理的・情報アクセスへの障壁: 貧困ゆえに、バリアフリー対応の住宅に住むことが難しい、必要な福祉機器や移動手段を手に入れられない、インターネット環境がなく情報にアクセスできないといった問題が生じます。これにより、社会参加がさらに困難になり、貧困から抜け出す機会が失われます。
- 医療・福祉サービスへのアクセス困難: 貧困は、必要な医療機関への通院を妨げたり、適切な福祉サービスの利用を控えさせたりする要因となります。障害の状態が悪化したり、必要なサポートを受けられなかったりすることで、就労がさらに困難になるなど、貧困が固定化・深刻化するリスクが高まります。
- 社会的な孤立: 障害があることによるコミュニケーションや外出の困難に加え、貧困による経済的な制約が、人との交流や社会活動への参加をさらに妨げます。孤立は、精神的な健康に影響を与え、問題の早期発見や必要な支援へのアクセスを遅らせる可能性があります。
- 必要な情報へのアクセス困難: 貧困層、特に情報弱者とされる人々にとって、利用できる支援制度やサービスに関する情報にアクセスすること自体が困難です。さらに障害の種類によっては、情報を理解したり、手続きを行ったりする上での追加的なサポートが必要になりますが、貧困ゆえにそうしたサポートを得られない場合があります。
このように、障害と貧困が交差することで、単にそれぞれの困難が重なるだけでなく、お互いを悪化させ合う負のスパイラルが生じやすくなります。これは、障害のない貧困者や、障害はあっても経済的に安定している人とは異なる、独自の困難の構造です。
支援現場でインターセクショナリティの視点を活かす
では、このインターセクショナリティの視点を、貧困問題に取り組むNPO職員である私たちがどのように日々の活動に活かせるでしょうか。
- 対象者の「複数の属性」に意識を向ける: 支援対象者が抱える困難を聞き取る際に、経済的な状況だけでなく、その人の性別、年齢、出身、健康状態、障害の有無、家族構成、性的指向など、様々な属性に丁寧に耳を傾けることが重要です。そして、それらの属性がどのように重なり合い、今の困難を生み出しているのかを共に理解しようと努めます。
- 「交差」が生み出す固有の困難を見抜く: 単にリストアップするのではなく、「障害 かつ 貧困」だからこそ生じる固有の困難は何か、その重なりによって何が最も大きな壁になっているのかを見抜く視点が必要です。
- 既存の支援の枠組みを問い直す: 私たちの活動が、特定の属性(例: 貧困層)を主な対象としている場合でも、その中に多様な人々がいることを認識します。「貧困者」という一括りではなく、「障害のある貧困者」「外国籍の貧困者」「高齢で一人暮らしの貧困女性」といった、より具体的な姿を想像することで、既存の支援プログラムでは拾いきれないニーズが見えてくることがあります。
- 他分野の支援機関との連携を模索する: 障害者支援、高齢者支援、外国籍住民支援など、他の分野の専門機関は、それぞれの属性が抱える固有の困難に対する知識やノウハウを持っています。インターセクショナリティの視点を持つことで、異なる分野の支援が交差する地点にいる人々に、より包括的で適切なサポートを届けるための連携の重要性が見えてきます。
他者に概念を説明するためのヒント
インターセクショナリティの考え方をチームメンバーや関係者に伝える際には、抽象的な議論に終始せず、具体的な事例を用いることが最も効果的です。
- 具体的なケーススタディ: 支援対象者の中から、複数の困難が交差している具体的な事例(プライバシーに配慮しつつ)を紹介し、「この方の困難は、もし障害がなかったら?もし経済的に安定していたら?と考えると、何が最も困難さを増幅させているのだろう?」といった問いかけをしてみる。
- 身近な例え: 「差別や困難は一本の道ではなく、複数の道が交差する交差点で起こる」「その人が持つ様々な『顔』が、社会の構造とぶつかる場所を想像する」といった、分かりやすい比喩を使う。
- 「足し算ではない」ことを強調: 「性別と人種差別は、ただの足し算ではない。黒人女性には黒人女性にしか分からない、独自の困難がある」というクレshaw氏の元の説明を、他の属性の交差(例: 障害と貧困)に置き換えて説明する。「貧困の困難+障害の困難=?」「単なる足し算ではなく、掛け算や、まったく新しい種類の壁が生まれるイメージ」といった伝え方。
まとめ
インターセクショナリティは、社会に存在する複雑な差別や困難の構造を理解するための強力なツールです。特に、障害のある方の貧困という問題において、この視点は、単一の原因に注目するだけでは見過ごされてしまう、複合的で根深い困難を明らかにしてくれます。
この視点を持ち、支援対象者が抱える複数の属性とその交差に意識的に目を向けることは、私たちの支援活動をより精緻で、対象者の真のニーズに寄り添ったものにするために不可欠です。ぜひ、日々の実践の中でこの視点を取り入れ、支援の質を高めていくための一歩としていただければ幸いです。