デジタルデバイドが見せる貧困の複合的困難:情報格差とインターセクショナリティ
現代社会におけるデジタルデバイドと貧困
インターネットやスマートフォンが広く普及し、様々な手続きや情報収集がオンラインで行われるようになった現代社会において、デジタル技術へのアクセスや活用能力の格差、いわゆる「デジタルデバイド」は、単なる不便さを超え、生活上の大きな障壁となりつつあります。特に、貧困状態にある人々にとって、このデジタルデバイドは既存の困難に重なり合い、さらに複雑で深刻な問題を引き起こす要因となり得ます。
貧困支援の現場では、「情報が行き届かない」「必要な手続きができない」「社会から孤立してしまう」といった声を聞くことがあるかもしれません。これは、単に「貧困だから」という一側面だけでは捉えきれない、複数の要因が絡み合った結果として現れる困難です。
インターセクショナリティの視点から見るデジタルデバイドと貧困
ここで重要となるのが、インターセクショナリティの視点です。インターセクショナリティとは、性別、人種、階級といった単一の属性による差別や不利益だけでなく、これらの属性が複数交差することによって、より複雑で重層的な困難が生じるメカニズムを理解するための概念です。
デジタルデバイドもまた、貧困という状況だけでなく、様々な属性と交差することでその影響を複雑化させます。例えば、以下のような属性は、貧困状態においてデジタルデバイドと結びつきやすく、複合的な困難を生み出す可能性があります。
- 年齢: 高齢であること(デジタル技術への馴染みのなさ、視力・聴力等の衰え)
- 地域: 都市部以外に居住していること(インターネットインフラの不足、対面サポートの少なさ)
- 学歴・教育機会: デジタルスキルを学ぶ機会に恵まれなかったこと
- 障害: デジタル機器の操作や情報へのアクセスに関する困難(視覚障害、肢体不自由、発達障害など)
- 健康状態: 長期的な病気や精神的な課題を抱えていること(情報収集能力の低下、複雑な手続きへの対応困難)
- 言語・文化: 日本語以外を母語とすること(情報が日本語に限定されている)
これらの属性が貧困と重なり合うことで、デジタルデバイドは単なる技術的な問題ではなく、生活、健康、社会参加、経済的な機会といったあらゆる側面に影響を及ぼす複合的な困難へと変貌します。
複合的困難の具体的な現れ
インターセクショナリティの視点を持つことで見えてくる、デジタルデバイドと貧困が交差して生まれる複合的困難の具体的な事例をいくつかご紹介します。
- 行政サービスの利用困難: 給付金の申請、税金の手続き、公営住宅の申し込みなど、多くの行政サービスがオンライン化されています。インターネット環境がなく、スマートフォンの操作に不慣れな高齢の貧困層は、これらの情報にアクセスできず、必要な支援にたどり着けないことがあります。
- 就労機会の損失: 求人情報の多くがオンラインで提供され、応募もウェブサイトから行うケースが増えています。PCやスマートフォンの操作、メールのやり取りができない貧困層は、就職・転職活動において不利な立場に置かれ、経済的な自立への道がさらに閉ざされます。特に、特定の年齢や地域に居住している場合、この困難は一層深刻になります。
- 社会からの孤立: 友人や家族との連絡、地域情報の入手、趣味の活動などがオンライン中心になる中で、デジタル技術から隔絶された人々は、社会的なつながりを維持することが難しくなります。これは精神的な健康にも影響し、孤独や孤立を深める可能性があります。健康問題や障害を抱えている場合、この孤立はさらに深刻になり得ます。
- 生活コストの増加: オンライン割引情報の利用や、価格比較による賢い買い物が難しいことで、日々の生活コストがかさむ可能性があります。また、オンラインバンキングが利用できないことで、手数料負担が発生することもあります。
これらの事例は、「貧困」という一側面だけではなく、「貧困」に加えて「高齢」「地域」「学歴」といった複数の属性が重なることで、デジタルデバイドが「情報格差」という形で具体的な困難を生み出していることを示しています。
NPO活動への示唆と視点の重要性
貧困問題に取り組むNPOにとって、デジタルデバイドと貧困の交差がもたらす複合的な困難に目を向けることは、支援の質を高める上で不可欠です。インターセクショナリティの視点を持つことで、支援対象者が抱える問題が単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って生じていることを理解できます。
この視点を活動に取り入れることは、以下のような実践につながります。
- ニーズの掘り下げ: 支援対象者の情報アクセス手段、デジタルスキル、利用可能な環境などを丁寧に聞き取り、デジタルデバイドがどのように生活に影響しているかを具体的に把握します。
- 支援方法の多様化: 情報提供や申請サポートにおいて、オンラインだけでなく、紙媒体、電話、対面相談など、複数の方法を用意します。
- デジタル支援の検討: デジタル機器の貸し出し、無料Wi-Fiスポットの提供、基本的な操作スキルの講習などを支援メニューに加えることを検討します。
- 他機関との連携: 情報格差に関連する専門機関(例:デジタル支援団体、図書館、公民館)との連携を強化し、包括的なサポート体制を構築します。
他者に伝えるためのヒント
インターセクショナリティやデジタルデバイドと貧困の交差という概念を他者に伝える際には、抽象的な議論だけでなく、具体的な事例を用いることが非常に有効です。「〇〇さんは、貧困であることに加えて高齢であり、インターネット環境がありません。そのため、行政からの大切な情報にアクセスできず、必要な手続きができませんでした。」のように、実際にあった(あるいは想定される)状況を描写することで、複数の要因がどのように影響し合っているかを分かりやすく示すことができます。
また、この問題が「一部の特別な人々の問題」ではなく、社会構造や政策によって生み出されている側面があること、そして誰もが状況によってはこのような複合的な困難に直面する可能性があることを伝えることも、共感を呼び、理解を深める上で役立つでしょう。
まとめ
デジタルデバイドと貧困の交差は、現代社会において見過ごされがちな複合的困難を生み出しています。インターセクショナリティの視点を持ってこの問題にアプローチすることで、単なる経済的な問題としてだけでなく、年齢、地域、学歴、障害といった多様な属性が貧困と結びついて情報格差という形で現れ、人々の生活に重層的な影響を及ぼしている構造を理解することができます。
この理解は、支援の現場において、支援対象者一人ひとりが直面する複雑な困難をより正確に捉え、真に必要とされる支援を届けるための重要な一歩となります。インターセクショナリティの視点を通じて、デジタルデバイドによって生じる見えない壁を乗り越え、誰もが情報にアクセスし、社会に参加できる包摂的な社会の実現を目指していくことが求められています。