借金・債務がもたらす複合的困難:経済、心理、社会…貧困とインターセクショナリティの視点
借金・債務問題と貧困:現場で見える複雑な現実
貧困問題支援の現場では、生活に困窮されている方々が借金や債務問題を抱えているケースが少なくありません。家賃の滞納、公共料金の未払い、消費者金融からの借入、友人知人からの借金、奨学金の返済困難など、その内容は様々です。
こうした借金や債務問題は、単に「お金がない」という経済的な状況の一側面として捉えられがちです。しかし、現実には、借金があること自体が新たな困難を生み出し、貧困の状況をより複雑に、そして深刻化させる要因となっていることが多々あります。
なぜ、借金や債務問題はこれほどまでに貧困と複雑に絡み合い、抜け出しがたい状況を生むのでしょうか。そこには、経済的な問題だけでなく、心理的、社会的な側面が複雑に交差する構造が存在します。この構造を理解するために、「インターセクショナリティ」の視点が非常に有効です。
インターセクショナリティとは何か?
インターセクショナリティとは、性別、人種、階級、性的指向、障害、年齢、地域など、様々な属性や要因が単独で存在するのではなく、互いに交差・連携することで、差別や抑圧、あるいは特権が強化されたり、特定のグループに特有の困難が生じたりする仕組みを読み解くための概念です。
例えば、性別による賃金格差という問題があります。しかし、これが非正規雇用の女性となると、正規雇用の男性との格差はさらに大きくなる可能性があります。ここに年齢(高齢の非正規雇用の女性)、出身地(地方で働き口が限られる)、健康状態(持病を抱えている)などが加わると、抱える困難は一層複雑になり、他の属性を持つ人には見えにくい形で現れます。
借金や債務問題と貧困の関係も同様です。単に経済的に困窮している人が借金をする、という単純な図式だけでは捉えきれない、複数の要因が絡み合った複雑な構造が存在するのです。
借金・債務が貧困を「深める」複合的困難
借金や債務問題は、貧困の「結果」として生じることが多い一方で、一度発生すると、それが貧困の状況をさらに悪化させ、新たな困難を生み出す「原因」や「増幅要因」となります。この過程で、様々な困難が重なり合います。
1. 経済的な困難の増幅
- 返済負担と利息: 借金の返済そのものが生活を圧迫し、さらに利息が膨らむことで元本が減りにくくなります。
- 新たな借入の困難化/悪条件化: 返済能力が低いと見なされ、正規の金融機関からの借入が難しくなり、より高利な業者や個人からの借金に頼らざるを得なくなることがあります。
- 信用情報への影響: 債務整理や滞納は信用情報に記録され、今後のローン契約や賃貸契約に悪影響を与えます。
2. 心理的な困難の発生・悪化
- ストレス、不安、抑うつ: 返済へのプレッシャー、将来への不安、自己肯定感の低下などが、強い精神的負担となります。
- 思考力や判断力の低下: ストレスや睡眠不足から、問題解決に向けた冷静な判断ができなくなったり、適切な情報収集や手続きが難しくなったりします。
- スティグマと孤立: 借金があることへの恥ずかしさや、他人に知られたくないという思いから、家族や友人、支援機関への相談をためらい、孤立を深めることがあります。
3. 社会的な困難の発生・拡大
- 就職・転職の困難: 精神的な不調が就労に影響したり、面接での受け答えが難しくなったりすることがあります。また、保証人が必要など、特定の業種では借金があることが採用の障壁になることもあります。
- 居住の困難: 信用情報の問題や保証人の確保が難しくなることで、新たな住居を借りることが難しくなります。
- 社会参加の制限: 経済的な制約に加え、精神的な負担や借金への不安から、地域活動や社会的な交流から遠ざかり、さらに孤立が深まることがあります。
インターセクショナリティで見る借金・債務問題の複雑性
これらの困難は、特定の属性や状況を持つ人々において、より深刻な形で現れます。
- 女性: 非正規雇用の割合が高く、低賃金であることが多い女性は、急な出費に対応できず借金に頼らざるを得ない状況に陥りやすい傾向があります。加えて、ケア責任(子育てや介護)がある場合、借金返済のために労働時間を増やしたくても増やせない、あるいは体調を崩しやすいといった困難が重なります。
- 高齢者: 年金収入だけでは生活が厳しく、借金に頼るケースが見られます。認知機能の低下や詐欺被害に遭いやすい脆弱性がある場合、債務が複雑化し、自力での解決が非常に困難になります。身体的な衰えや孤立も重なると、状況はさらに深刻化します。
- 病気や障害のある方: 医療費や福祉サービスに関連する費用がかさむだけでなく、病気や障害によって働くことが難しく収入が途絶え、借金に頼る場合があります。症状による判断力の低下や、相談機関へのアクセスが難しいといった困難も重なります。
- 外国籍住民: 言葉の壁や文化・制度の違いから、公的な支援制度や借金に関する適切な相談窓口にたどり着くのが難しい場合があります。在留資格の問題が就労を不安定にし、借金せざるを得ない状況を生むこともあります。
このように、借金や債務問題は、その人の経済状況だけでなく、性別、年齢、健康状態、家族構成、国籍、置かれている環境など、様々な要因が交差することで、特有の、そして非常に複雑な困難を生み出しているのです。単に「借金を減らす」という一点だけでなく、これらの重なり合った困難全体を理解しなければ、根本的な解決には繋がりません。
NPO活動への示唆:インターセクショナリティ視点の重要性
貧困問題支援において、借金や債務問題を抱える方々への支援を行う際、インターセクショナリティの視点を持つことは極めて重要です。
- 問題の正確な把握: 借金があるという事実だけでなく、なぜ借金が必要になったのか、借金があることでどのような心理的・社会的な困難が生じているのか、そしてそれらがその人の他の属性(性別、年齢、健康状態など)とどのように関連しているのかを多角的に理解することが、適切な支援に繋がります。
- 多角的なアプローチの必要性: 経済的な支援や債務整理に関する情報提供だけでなく、精神的なサポート、就労支援、住居確保の支援、社会との繋がりを取り戻すための支援など、複合的な困難に対応できる多角的なアプローチが必要です。
- 関係機関との連携: 法テラスや弁護士会(債務整理)、精神保健福祉センター(メンタルヘルス)、ハローワーク(就労支援)、社会福祉協議会(生活困窮者自立支援)など、様々な専門機関と連携し、包括的な支援体制を構築することが不可欠です。
- 「見えない困難」への想像力: 本人が語る「お金がない」という言葉の背景に、借金による精神的な追い詰められ方や、それを隠そうとする心理、社会からの孤立といった「見えにくい困難」があることを想像する力が求められます。
他者に伝えるためのヒント
この複雑な構造を同僚やボランティア、あるいは一般の方々に伝える際には、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 具体的な「人」のストーリーを伝える: 抽象的なデータだけでなく、特定の個人が(プライバシーに配慮しつつ)どのような複数の困難に直面しているのか、その経験談を交えて話すことで、共感を得やすくなります。
- 単一の原因論を避ける: 「自己責任」「浪費が原因」といった単一の原因に還元する見方を避け、複数の要因が複雑に絡み合っている構造を説明します。
- 「もし自分だったら」と問いかける: 特定の属性(例:非正規雇用、持病あり、シングルペアレント)が複数重なった場合に、どのような困難が生じうるか、聞き手に想像してもらう問いかけは有効です。
まとめ
借金や債務問題は、貧困の単なる結果ではなく、貧困を深め、経済的、心理的、社会的な側面で新たな困難を生み出す複雑な要因です。この問題は、個人の経済状況だけでなく、性別、年齢、健康状態、家族構成など、様々な属性が交差するインターセクショナリティの視点から理解することで、その真の深刻さと複雑性が明らかになります。
貧困問題支援に携わる私たちにとって、借金や債務問題を抱える方々が直面している「重なる困難」を正確に理解し、多角的かつ包括的な支援を提供するためにも、インターセクショナリティの視点は不可欠です。この視点を持つことが、見過ごされがちな困難に光を当て、より効果的な支援へと繋がるのです。