重なる差別の構造を理解する

犯罪被害経験と貧困の複合的困難:インターセクショナリティが示す見えない構造

Tags: 犯罪被害, 貧困, インターセクショナリティ, 複合的困難, NPO, 支援

はじめに

貧困問題に取り組む現場では、単に収入が低いというだけでなく、様々な要因が複雑に絡み合い、人々を困難な状況に追い込んでいる現実を日々目にされることでしょう。経済的な困窮に加え、病気、障害、シングルであること、特定の属性を持つことなどが重なり、問題が深刻化することは少なくありません。

この複雑な構造を理解する上で、「インターセクショナリティ(交差性)」という視点は非常に有効です。性別、人種、階級、障害といった複数の属性や経験が交差することで、個別の要因だけでは説明できない複合的な困難が生じるという考え方です。

今回は、特に見過ごされがちな「犯罪被害経験」と貧困がどのように交差するのか、インターセクショナリティの視点からその構造と支援への示唆について掘り下げていきます。

犯罪被害経験が貧困を招き、深化させるメカニズム

犯罪被害は、被害者の心身に深いダメージを与えるだけでなく、経済的な困難を招く大きな要因となり得ます。

これらの要因は単独で発生するのではなく、連鎖的に貧困状態を引き起こしたり、既存の貧困を深化させたりします。しかし、この「犯罪被害経験」という要因は、経済的な統計や一般的な貧困論では見えにくい場合が多く、支援の現場でも見落とされがちです。

インターセクショナリティから見る犯罪被害と貧困の交差

犯罪被害がもたらす困難は、被害者の持つ他の属性と交差することで、より複雑で深刻なものとなります。インターセクショナリティの視点を取り入れることで、その見えない構造を理解することができます。

例えば、以下のようなケースが考えられます。

  1. 性別と犯罪被害(性暴力・DV): 性暴力やドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者は圧倒的に女性が多いという現実があります。性暴力被害は、心身への深刻なダメージに加え、スティグマや社会からの孤立を招きやすく、就労継続が困難になることがあります。もし被害者が非正規雇用で不安定な収入しかなく、さらに一人親(シングルマザー)であった場合、経済的な困窮はより一層深刻化します。被害からの回復に必要な時間や費用を捻出できず、子どもを養う責任も重くのしかかります。性別という属性と被害の種類、そして雇用形態や家族構成が交差することで、個別の要因だけでは理解できない複合的な脆弱性が生まれます。

  2. 国籍・言語と犯罪被害: 外国籍住民が犯罪被害(詐欺、労働搾取、人身取引など)に遭った場合、言葉の壁、日本の法制度や支援制度に関する知識不足、在留資格への不安などが重なります。被害を警察に届け出ることを躊躇したり、公的な支援にアクセスできなかったりすることが多くあります。文化的背景の違いから被害を認識しにくい場合もあります。国籍や言語という属性が、被害からの回復や経済的再建を極めて困難にする要因として交差します。

  3. 年齢と犯罪被害: 高齢者が振り込め詐欺や悪質商法といった特殊詐欺の被害に遭うケースは後を絶ちません。高齢という属性は、認知機能の低下や地域からの孤立と関連することがあり、被害に遭いやすさや被害からの回復力に影響します。年金収入が主な高齢者の場合、被害によって生活資金を根こそぎ失い、蓄えもなくなることで、深刻な貧困状態に陥るリスクが高まります。また、被害に遭ったことへの羞恥心から誰にも相談できず、孤立を深めることもあります。

  4. 障害と犯罪被害: 障害のある人が犯罪被害に遭った場合、コミュニケーションの困難さ、情報アクセスの制限、介助者への依存などが、被害からの回復や必要な支援へのアクセスを妨げる要因となります。また、障害を理由に被害を軽視されたり、必要な配慮を受けられなかったりすることもあります。障害という属性が、被害による心身のダメージや経済的な困難を複合的に悪化させる可能性があります。

これらの事例が示すように、犯罪被害経験が貧困と結びつく際には、被害者の持つ様々な属性や社会的な状況が複雑に絡み合っています。単に「犯罪被害に遭ったから貧しい」という単純な因果関係ではなく、性別、年齢、国籍、障害、経済状況、家族構成などが重層的に作用し合い、困難をより深刻にしている構造があるのです。

貧困問題支援におけるインターセクショナリティの視点の重要性

貧困問題に取り組むNPOや支援者にとって、インターセクショナリティの視点は不可欠です。

他者に伝えるためのヒント

インターセクショナリティという複雑な概念を、支援者や一般の人々に伝える際には、具体的な事例を用いることが最も有効です。

まとめ

犯罪被害経験は、貧困を招き、また貧困を深化させる見過ごされがちな要因の一つです。そして、この困難は、被害者の性別、年齢、国籍、障害といった様々な属性と交差することで、より複雑で深刻な複合的困難として立ち現れます。

インターセクショナリティの視点を持つことは、貧困問題支援の現場において、支援対象者の抱える困難の真の構造を理解し、表面的な問題だけでなく、その背景にある複合的な要因にアプローチするために不可欠です。この視点を持つことで、より包括的で、個別のニーズに応じた支援を提供することが可能になります。そして、この複雑な現実を他者に伝える際にも、インターセクショナリティの視点は、困難の構造をより深く、説得力をもって理解させるための強力なツールとなるでしょう。