子育てと貧困：子どもの有無・数・状況が深める複合的困難の構造
子育て世帯が直面する貧困の複雑さ
貧困問題に取り組む現場では、支援を必要とする方々が抱える困難が、経済的な側面に留まらないことを日々感じることでしょう。特に子育て世帯の場合、その困難はさらに複雑で、複数の要因が絡み合っていることが少なくありません。食費、教育費、医療費といった直接的な出費に加え、子育てに伴う時間的制約、精神的な負担、社会からの孤立など、様々な要素が貧困を深める要因となり得ます。
これらの複雑な状況を理解し、効果的な支援や問題解決のアプローチを考える上で、「インターセクショナリティ」の視点は非常に有効です。この記事では、子育てという側面が、性別や雇用形態、地域、子どもの状況といった他の属性とどのように交差することで、複合的な困難を生み出すのかをインターセクショナリティの視点から解説します。
インターセクショナリティとは
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢といった複数の社会的属性が交差・重複することによって生じる、複合的かつ独自の差別や不利益の構造を分析するための概念です。ある人が女性であり、かつマイノリティであり、さらに低所得である場合、その人が経験する困難は、「女性であること」による差別、「マイノリティであること」による差別、「低所得であること」による困難を単に足し合わせたものではありません。これらの属性が交差することで、それぞれの属性単独では見えてこない、あるいはより深刻な形の困難や差別が生じうるという考え方です。
この視点を子育て世帯の貧困に当てはめて考えてみましょう。子育てという役割や状況そのものが、他の様々な属性と重なることで、経済的な困難がより深まったり、独特の困難が生じたりする構造が見えてきます。
子どもの有無・数・状況が貧困と重なる時
子育ては、それ自体が多くの資源（時間、労力、経済力）を必要とする営みです。この「子育てをしている」という状況が、親や子どもの様々な属性と重なり合うことで、貧困の様相は一層複雑になります。
1. 性別と子育て・貧困の重なり
子育ての責任は、依然として女性に偏りがちな傾向があります。特に未就学児を抱える場合、母親は仕事の時間を制限せざるを得ない、あるいは正社員での雇用が難しいといった状況に直面しやすくなります。これにより、収入が減少し、非正規雇用に陥り、キャリア形成が阻害されることで、将来にわたる経済的不安定を抱えることになります。これは、「女性であること」と「子育てをしていること」が交差することで生まれる、複合的な困難です。シングルマザーの場合、この困難はさらに深刻になります（シングルペアレントの貧困については別途記事を参照ください）。
2. 子どもの数・年齢と貧困の重なり
子どもの数が増えるほど、食費、衣料費、教育費などの経済的負担は増加します。また、子どもの年齢によっても必要な費用は大きく変動します。例えば、高校や大学への進学は、家庭の経済状況に大きな影響を与えます。低所得世帯の場合、子どもが複数いたり、進学期を迎えたりすると、教育機会の格差が広がり、結果として子どもの将来の貧困リスクを高める世代間連鎖に繋がりやすくなります。
3. 子どもの状況（障害・病気など）と貧困の重なり
子どもに障害や慢性的な疾患がある場合、親は通常の育児に加えて、専門的なケアや医療的な対応に多くの時間と労力を費やす必要があります。通院やリハビリテーションのための時間が必要となり、親の就労可能な時間や形態がさらに制限されることがあります。また、医療費や福祉サービスの利用に伴う費用（たとえ自己負担が少なくても、交通費や付随する費用がかかる場合がある）、特別な教育やケアにかかる費用などが家計を圧迫します。子どもの障害や病気に対する社会的な理解不足や支援体制の不十分さも相まって、経済的な困難だけでなく、精神的な負担や社会からの孤立も深まりやすい状況です。
4. 地域・居住環境と子育て・貧困の重なり
地方やインフラ整備が不十分な地域では、保育施設の不足、学校までの距離、公共交通機関の不便さが、親の就労を困難にすることがあります。また、狭小な住居や老朽化した住居は、子どもたちの学習環境や健康に悪影響を与え、長期的に見て貧困を再生産する要因となり得ます。地域による福祉・教育サービスの偏在も、子育て世帯がアクセスできる支援の種類や量に影響を与えます。
5. 他の属性との重なり
上記以外にも、親自身の健康状態、障害、外国にルーツを持つことによる言語の壁や文化的な違い、非正規雇用、情報へのアクセススキル（デジタルデバイド）などが、子育てという状況と重なることで、複合的な困難が生じます。例えば、病気を抱えるシングルマザーが、地方の低賃金かつ非正規の仕事に就き、障害のある子どもを育てている場合、それぞれの困難が単独で存在するよりもはるかに重く、複雑な問題に直面することになります。
インターセクショナリティの視点がなぜ重要か
子育て世帯の貧困をインターセクショナリティの視点から捉えることは、以下のような点で重要です。
- 困難の全体像を把握できる: 一見、経済的な問題としてのみ現れている事象の背後に、性別役割、子どもの状況、地域性、親の健康など、複数の要因が複雑に絡み合っていることを見抜くことができます。
- 的確な支援に繋がる: 単一の課題（例：収入が低いこと）にのみ焦点を当てた支援では、根本的な解決に至らない場合があります。複合的な要因を踏まえることで、その世帯が本当に必要としている多様な支援（例：就労支援だけでなく、病児保育、相談支援、情報提供、経済的支援など）を包括的に提供するための道筋が見えてきます。
- 見過ごされがちな困難を可視化する: 特定の属性の組み合わせによって生じる独特の困難は、従来の枠組みでは見過ごされがちです。インターセクショナリティの視点を持つことで、こうした「見えない困難」を可視化し、社会的な課題として認識することができます。
- 構造的な問題への理解を深める: 個々の世帯が抱える困難が、社会の構造（性別役割分業、地域格差、福祉サービスの偏りなど）とどのように関連しているのかを理解することで、個別支援だけでなく、政策提言や社会への働きかけに繋げることができます。
NPO活動への示唆と他者への伝え方
貧困問題に取り組むNPO職員として、このインターセクショナリティの視点は日々の活動に活かすことができます。
- 丁寧なアセスメント: 支援対象者の方のお話を伺う際に、経済状況だけでなく、家族構成、子どもの状況、健康状態、就労状況、居住環境、利用できる社会資源、これまでの経験などを多角的に丁寧に聞き取り、複数の困難がどのように絡み合っているのかを共に整理してみましょう。
- 多機関との連携: 課題が複数の側面に及ぶ場合、一つの機関だけでは対応できないことがあります。子育て支援機関、教育機関、医療機関、地域の社会福祉協議会、行政の担当窓口など、関係機関との連携を密にすることで、包括的な支援体制を築くことが重要です。
- 説明の際の工夫: インターセクショナリティという言葉を使わずとも、「この方は、小さなお子さんがいらっしゃることと、遠方に暮らすご両親の介護もされていること、加えて病気で体力に自信がないという複数の事情が重なって、パートで働く時間も限られてしまい、生活が苦しくなっているんです」のように、具体的な状況を分解して説明することで、複合的な困難であることを感覚的に理解してもらうことができます。抽象的な概念よりも、具体的な事例をいくつか提示することが有効です。
- 活動の視点を広げる: 子育て世帯全体を支援する活動であっても、その中で特に困難を抱えやすい属性の組み合わせ（例：障害のある子を育てるシングルマザー、地方の多子世帯など）に焦点を当てたアウトリーチやプログラム開発を検討することで、支援が届きにくい層へのアクセスが可能になります。
まとめ
子育て世帯が直面する貧困は、単に収入が低いという問題ではなく、「子育てをしている」という状況が、性別、子どもの状況、地域、健康など多様な属性と重なり合うことで生まれる複合的な困難です。インターセクショナリティの視点を持つことは、これらの複雑な構造を理解し、見過ごされがちな困難を可視化し、より効果的で包括的な支援や社会課題の解決に繋げるための重要な鍵となります。この視点を日々の実践に取り入れ、支援を必要とする方々がより人間らしい生活を送れるよう、共に考えていくことが求められています。