重なる差別の構造を理解する

ケア責任と貧困:介護・育児・病気…重なる負担が生む複合的困難の構造

Tags: インターセクショナリティ, 貧困, ケア, 介護, 育児

貧困問題の現場で感じる複雑さ:ケア責任という視点

貧困問題に取り組む中で、単に収入が低いというだけでなく、様々な事情が複雑に絡み合い、困難が深刻化している状況を日々感じておられるかもしれません。特に、家族の世話や看病といった「ケア責任」が、その方の経済状況に大きな影響を与えているケースに直面することも少なくないでしょう。

育児、親の介護、病気や障害を持つ家族の介助。こうしたケア責任は、単なる個人的な負担にとどまらず、働く時間や場所、得られる収入、さらには健康状態や社会とのつながりにまで影響を及ぼします。そして、これらの要因が重なり合うことで、貧困から抜け出しにくい、より深い困難を生み出しているのです。

このような状況を理解し、効果的な支援を考える上で、複数の要因が交差することで生じる困難の構造を明らかにする「インターセクショナリティ」の視点が非常に有効となります。本記事では、ケア責任が貧困とどのように交差するのか、そのメカニズムと具体的な事例を通して、複合的な困難の構造を読み解いていきます。

インターセクショナリティとは何か:複数の「違い」が交差する視点

インターセクショナリティ(Intersectionality)とは、人々の経験する差別や抑圧が、性別、人種、階級、性的指向、障害といった様々な社会的属性が単独で存在するのではなく、互いに交差・連結することで、より複雑で固有のものとなるという考え方です。単一の原因や属性のみに注目するのではなく、複数の要因がどのように影響し合っているかを捉えることで、見えにくい困難の構造を明らかにします。

貧困についても同様です。貧困は所得の低さという経済的側面だけでなく、その人が持つ様々な属性や置かれている状況(性別、年齢、健康状態、居住地域、そして本記事で扱うケア責任など)と交差することで、その現れ方や深刻さが異なってきます。ケア責任という要因は、他の属性と交差することで、貧困という困難をより一層重くする、あるいは特有の困難を生み出すことが少なくありません。

ケア責任が貧困と交差するメカニズム

「ケア責任」とは、主に家族など、自分以外の他者の生活や健康を支える役割を指します。これには、幼い子どもの育児、高齢の親の介護、病気や障害のある家族の世話などが含まれます。こうしたケア責任は、様々な形で個人の経済状況に影響を与えます。

  1. 時間的制約と労働機会の減少: ケアに多くの時間を費やす必要が生じるため、長時間労働やフルタイム勤務が困難になったり、夜勤や休日出勤が難しくなったりします。これにより、選択できる職種が限られ、結果として得られる収入が低くなる傾向があります。
  2. キャリアの中断と経済的な不利: ケアのために離職したり、非正規雇用やパートタイムに切り替えたりすることで、キャリアアップの機会を失い、長期的に見て収入の伸び悩みや不安定さを招きます。一度キャリアが途切れると、再就職の際に不利になることも少なくありません。
  3. 物理的・精神的な負担と健康問題: ケアは肉体的、精神的に大きな負担を伴います。これが自身の健康を損なう原因となり、さらに働くことが難しくなるという悪循環を生むことがあります。医療費の負担も加わり、経済的な状況をさらに悪化させます。
  4. ケア費用の発生: 介護用品の購入、医療費、デイサービスなどの利用料、ベビーシッター代など、ケアには直接的な費用がかかる場合があります。これらの費用が家計を圧迫し、生活に困窮する要因となります。
  5. 社会的孤立と情報・支援へのアクセス困難: ケアに忙殺されることで、地域社会や友人との交流が減り、孤立しやすくなります。孤立は、使える社会資源や支援制度に関する情報が届きにくくなることにも繋がり、必要なサポートを受けられないまま困難が深まることがあります。

これらのメカニズムは単独で作用するのではなく、その人の性別、年齢、健康状態、学歴、居住地域、家族構成など、様々な要因と交差することで、特定の個人にとって固有の、複雑な困難を生み出します。

ケア責任と貧困の交差:具体的な事例

ケア責任と貧困が交差する状況は、私たちの社会の様々な場所で見られます。いくつかの例を挙げ、その構造を読み解いてみましょう。

これらの事例からわかるように、ケア責任という一つの要因だけが貧困を生んでいるわけではありません。その人が置かれている様々な状況や属性が複雑に絡み合い、困難の度合いや形が異なってくるのです。

インターセクショナリティの視点が支援活動にもたらすもの

ケア責任と貧困の交差という構造をインターセクショナリティの視点から理解することは、貧困問題に取り組むNPOや支援者にとって非常に重要です。

まず、この視点を持つことで、支援対象者が抱える問題の「全体像」をより正確に把握できるようになります。単に「収入が低い」という表面的な問題だけでなく、その背景にある時間的制約、健康問題、社会的孤立、過去の経験などが、ケア責任という要素とどのように絡み合って現在の困難を生み出しているのかが見えてきます。

次に、より「個別化された、統合的な支援」を設計する上で役立ちます。所得支援だけではケアの負担は軽減されませんし、ケアサービスの提供だけでは失われたキャリアを取り戻すことは難しい場合があります。その人の状況に応じて、例えば所得支援、仕事とケアの両立支援、健康管理、社会的孤立の解消、情報提供など、複数の側面からのアプローチを組み合わせることの重要性を理解できます。

さらに、インターセクショナリティの視点は、支援対象者の抱える困難の「根本原因」を深く掘り下げ、社会構造的な問題にも目を向けるきっかけとなります。なぜ特定の属性(例:女性、非正規雇用者、高齢者)を持つ人がケア責任を負いやすく、それが貧困に繋がりやすいのか。それは個人的な問題だけでなく、性別役割分担意識、労働市場の構造、社会保障制度の不備といった構造的な問題が影響している可能性を示唆します。

この視点を持つことは、他者(行政、支援者仲間、地域住民、寄付者など)に支援対象者の抱える困難の複雑さを説明する上でも役立ちます。単なる感情論ではなく、複数の要因が論理的に絡み合った構造として示すことで、問題の深刻さや多様な支援の必要性をより説得力を持って伝えることができるでしょう。

まとめ:重なり合うケアの負担と貧困に寄り添うために

ケア責任と貧困の交差は、多くの人々、特に女性や高齢者、病気を抱える人などが直面する見えにくい困難です。この困難は、個人の努力不足ではなく、ケア責任という役割がその人の持つ他の様々な属性や社会構造と複雑に交差することで生み出される「複合的困難」であると理解することが重要です。

インターセクショナリティの視点を持つことは、こうした重なり合う困難の構造を明らかにし、支援の現場で私たちが直面する複雑な現実に深く寄り添うための羅針盤となります。支援対象者の声に耳を傾け、その方が抱える様々な側面を統合的に理解しようと努めること。それが、真に必要とされる、効果的な支援へと繋がる第一歩となるでしょう。