依存症と貧困:重なり合う困難とスティグマが生み出す複合的脆弱性
はじめに:重なり合う困難への気づき
貧困問題の支援に携わる中で、支援を必要とする方々が単に経済的な困難だけを抱えているわけではないことを日々実感されている方も多いでしょう。健康問題、精神的な不調、家族関係の課題、そして特定の習慣や状況への依存など、様々な要因が複雑に絡み合い、貧困からの脱却を阻んでいるように見えます。
特に、依存症と貧困はしばしば深く結びつき、一方が他方を悪化させる悪循環を生み出します。この複雑な状況を理解するためには、「インターセクショナリティ」という視点が非常に有効です。
インターセクショナリティとは何か
インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢といった様々な社会的属性が、単独で存在するのではなく、複数交差することによって、特有の差別や困難が生じるという考え方です。これらの属性の交差点に立つ人々は、それぞれの属性単独では経験しないような、複合的で増幅された困難に直面することがあります。
依存症と貧困の場合、これは単に「依存症の問題」と「貧困の問題」が並存している状態とは異なります。依存症という状況が貧困を深め、貧困が依存症からの回復を妨げ、さらにそこに性別、年齢、健康状態、過去の経験などが加わることで、より深刻で複雑な「複合的な脆弱性」が生み出される構造を読み解く鍵となります。
依存症と貧困が交差するメカニズム
依存症(アルコール、薬物、ギャンブルなど)と貧困は、互いに影響し合い、悪循環を生み出す関係にあります。
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貧困が依存症リスクを高める側面: 不安定な経済状況、将来への不安、社会的孤立、劣悪な生活環境、ストレスなどは、依存症に陥るリスクを高める要因となり得ます。苦痛や現実逃避の手段として、依存性のある物質や行為に頼ってしまうことがあります。
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依存症が貧困を深める側面: 依存症は、健康状態の悪化、仕事の継続困難による失業、多額の借金(ギャンブル依存など)、家族関係の破綻、法的な問題(逮捕・収監など)を引き起こしやすく、これらは直接的に貧困状態を悪化させます。
この双方向の関連性に加え、インターセクショナリティの視点から見ると、これらの困難が他の属性と交差することで、さらに深刻な状況が生まれます。
重なり合う困難とスティグマが生み出す複合的脆弱性
依存症と貧困が交差する人々は、単に二つの問題を抱えているだけでなく、それらが掛け合わさることで新たな困難や、既存の困難が増幅される状況に置かれます。
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スティグマと社会からの排除: 依存症に対する強い社会的なスティグマ(偏見や差別)は根強く存在します。「自己責任」「意志が弱い」といった見方により、本人や家族は周囲に助けを求めることをためらい、孤立しやすくなります。さらに貧困状態であることに対するスティグマも重なると、「自堕落だから貧乏で、依存症になるのだ」といった複合的な偏見にさらされ、支援の手が届きにくくなります。
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支援へのアクセス困難: 医療機関や回復支援施設、福祉サービスは、経済的な負担、地理的な問題、予約の取りづらさ、制度の複雑さなど、様々な理由でアクセスが難しい場合があります。貧困状態にある人は、これらの経済的・構造的な障壁に加えて、依存症であることへのスティグマから心理的な抵抗を感じ、必要な支援に繋がり損ねることがあります。また、依存症と貧困、さらには精神疾患や身体疾患などが併存している場合、それぞれの専門機関が連携しておらず、「たらい回し」になってしまうケースも見られます。
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住居と就労の困難: 依存症の状況にあることや、過去に依存に関連した問題(借金、逮捕歴など)があったことは、住居を借りる際の審査や、就職活動において大きな壁となります。貧困状態にあるため、保証人が得られない、初期費用が払えないといった問題も重なり、安定した住居や仕事にたどり着くことが極めて困難になります。
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健康問題の悪化: 依存症自体が身体的・精神的な健康を損ないますが、貧困による栄養不足、劣悪な住環境、医療機関へのアクセスの困難が重なることで、健康状態はさらに深刻化します。治療が必要な依存症以外の病気や精神疾患も併発していることが多く、これらの複合的な健康課題が貧困からの回復を一層困難にします。
これらの困難は、個々の状況(性別、年齢、家族構成、出身、過去の経験など)によって異なった形で現れ、その度合いも変わってきます。例えば、単身の高齢男性のアルコール依存症と、幼い子どもを抱えるシングルマザーの摂食障害や薬物依存では、直面する課題や必要な支援の種類が大きく異なります。
NPO活動におけるインターセクショナリティの視点活用
貧困問題に取り組むNPOとして、このインターセクショナリティの視点を持つことは、支援の質を高める上で不可欠です。
- 多角的なアセスメント: 支援対象者が抱える問題は、経済的な側面に留まらず、健康、精神状態、家族、人間関係、過去の経験(トラウマ含む)、法的な状況など、複数の側面から評価する必要があります。依存症の兆候がないか、あればそれが他の困難とどう関連しているかを見立てることが重要です。
- 包括的な支援計画: 単一の問題を解決しようとするのではなく、依存症治療、精神科医療、生活困窮者自立支援、住居支援、就労支援、法的なサポートなど、様々なサービスを複合的に組み合わせた、個別性の高い支援計画を策定する必要があります。関係機関との多分野連携が鍵となります。
- スティグマへの配慮とエンパワメント: 依存症や貧困に対する無意識の偏見がないか、支援者自身が内省することも重要です。支援対象者がスティグマによって支援から遠ざかることのないよう、安心できる関係性を築き、本人の声に耳を傾け、自己決定を尊重する支援(エンパワメント)を心がける必要があります。
- 制度の狭間への働きかけ: 既存の制度が、依存症と貧困など複数の問題を抱える人々のニーズに対応できていない現実があります。現場での経験を通じて、制度の課題や必要な社会資源の不足を明らかにし、政策提言や新しい支援モデルの構築に繋げることも、NPOの重要な役割です。
この視点を他者に伝えるために
インターセクショナリティの概念や、依存症と貧困が重なる困難について他者(同僚、支援者、行政担当者、地域住民など)に伝える際には、抽象的な議論だけでなく、具体的な状況を伝えることが有効です。
- 事例の共有(プライバシーに配慮): 「私たちが支援している方の中には、貧困であることに加えて、長年の孤立からアルコール依存症になり、それが原因で就労が難しくなり、さらに経済的に苦しくなる、といった悪循環に陥っている方がいます。単に仕事を紹介するだけでは解決しないんです」というように、複合的な困難がどのように現れるのかを具体的に説明します。
- 「〇〇だから困難」ではないことの強調: 「貧困だから依存症になる」「依存症だから自業自得で貧しい」といった単純な見方ではなく、「貧困という状況が依存症のリスクを高め、依存症という状況が貧困を深める。そして、これらは社会的なスティグマや支援制度の課題と重なり、より抜け出しにくい状況を生み出すのです」と、構造的な問題として説明します。
- 「複数の壁」のイメージ: 一つの壁ではなく、複数の壁が同時に立ちはだかり、それを乗り越えるのが一層困難になる、といったイメージで説明することも理解を助けるかもしれません。
まとめ
依存症と貧困が重なる状況は、単なる個人の問題ではなく、複数の困難や社会的なスティグマ、制度的な課題が交差することで生み出される「複合的な脆弱性」として理解する必要があります。インターセクショナリティの視点を持つことで、私たちは支援対象者が直面する真の困難の構造をより深く理解し、表面的な問題解決にとどまらない、包括的で効果的な支援を届けることができるようになります。
この視点は、貧困問題のみならず、様々な社会課題に取り組む上で、見過ごされがちな困難を可視化し、真に必要とされる支援を届けるための羅針盤となるでしょう。