重なる差別の構造を理解する

制度利用困難が深める貧困:手続きの複雑さ、情報不足、健康問題…インターセクショナリティの視点

Tags: 制度利用困難, 貧困, インターセクショナリティ, 公的支援, 複合的困難, NPO活動, セーフティネット

制度利用の壁と貧困の構造

貧困問題への支援に携わる中で、生活を立て直すための様々な公的支援制度や社会保障制度があるにも関わらず、それらを必要とする人々がうまく利用できていない現状に直面することは少なくありません。制度を知っていても申請できない、手続きが難しすぎる、必要な情報が手に入らないなど、その理由は多岐にわたります。

こうした「制度利用の困難」は、単に個人の努力不足や情報収集能力の欠如だけによるものではありません。多くの場合、その人の置かれている複数の状況や属性が複雑に絡み合い、制度へのアクセスを妨げる「壁」を高くしています。この構造を理解するために、「インターセクショナリティ」の視点が重要になります。

インターセクショナリティとは何か:制度利用の困難における交差

インターセクショナリティとは、人種、性別、階級、性的指向、障害、年齢、健康状態など、様々な社会的属性が交差することで生じる、重層的で複合的な差別や不利を理解するための概念です。

制度利用の困難においても、このインターセクショナリティが顕著に現れます。例えば、公的な支援制度を利用しようとする際に、以下のような属性や状況がどのように交差して困難を生むかを考えてみましょう。

これらの要素はそれぞれが単独で困難をもたらすだけでなく、互いに影響し合い、制度利用の壁をより強固なものにします。例えば、「高齢である」「一人暮らしである」「健康に不安がある」「インターネットを使えない」という複数の状況が重なることで、制度の情報自体にたどり着くのが難しくなり、仮に情報を見つけても、複雑な手続きを一人で行うことが極めて困難になる、といった具合です。

具体的な事例に見る制度利用困難の構造

具体的な事例を通して、インターセクショナリティが制度利用困難とどのように関連するかを見ていきましょう。

これらの事例は、制度そのものが悪いのではなく、制度への「アクセス」段階で、人々の持つ複数の属性が障壁となることを示しています。そして、このような壁があるために、本来セーフティネットとして機能すべき制度が、最も必要としている人々から遠いものになってしまうのです。

貧困の固定化・悪化を防ぐために

制度利用の困難は、単に機会損失であるだけでなく、貧困状態を固定化・悪化させる深刻な問題です。必要な支援を受けられないことで、健康状態がさらに悪化したり、子どもの教育機会が失われたり、借金が増えたりするなど、負のスパイラルに陥る可能性があります。

この構造に対処するためには、インターセクショナリティの視点を持つことが不可欠です。支援の現場では、支援対象者が抱える困難が、経済的な問題だけでなく、年齢、性別、健康、教育、孤立など、様々な要因がどのように絡み合って生じているのかを丁寧に紐解く必要があります。

NPO活動への示唆と他者への説明のヒント

貧困問題に取り組むNPOにとって、インターセクショナリティの視点は、支援の質を高める上で非常に重要です。

また、この概念を他の支援者や関係者、あるいは一般の人々に説明する際には、抽象的な議論に終始せず、具体的な事例から入るのが効果的です。「制度はあるのに、なぜか利用できない人がいる。それは、その人の年齢や健康、家族状況などがいくつも重なって、手続きの壁が高くなっているからなんです」といったように、身近な困難と結びつけて説明することで、理解を深めることができます。そして、これは特定の誰かの問題ではなく、制度の「アクセス可能性」という構造的な課題であること、セーフティネットからこぼれ落ちる人々を見過ごさないために、この視点が必要であることを伝えると良いでしょう。

まとめ

公的な支援制度へのアクセス困難は、表面的な情報不足の裏に、年齢、健康、教育、孤立など、多様な属性の交差によって生じる複合的な困難が潜んでいます。インターセクショナリティの視点を持つことで、これらの見えにくい壁の存在を認識し、貧困の固定化を防ぐための、より実効性のある支援や制度改善に繋げることが可能になります。この視点は、貧困支援の現場において、支援対象者一人ひとりの状況を深く理解し、必要なサポートを届けるための重要な鍵となるでしょう。